東北大学は、極めて短いパルス光を有機超伝導体に照射して、向きの定まった電流を発生させることに成功した。高温超伝導の機構解明やペタヘルツデバイスへの応用が期待される。
東北大学大学院理学研究科の岩井伸一郎教授と川上洋平助教らによる研究グループは2020年8月、極めて短いパルス光を有機超伝導体に照射して、向きの定まった電流を発生させることに成功したと発表した。高温超伝導の機構解明やペタヘルツデバイスへの応用が期待される。
光によるペタヘルツ電流の発生技術は、エレクトロニクスの駆動速度を現在の100万倍も高速(高周波)にできる可能性がある。しかし、これまでは振動電場である光によって、電流を一方向に流すことはできなかったという。
研究グループは今回、有機超伝導体「k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br」に、パルス幅が6フェムト秒の近赤外光を照射した。そうしたところ、入射光(基本波)エネルギー(0.75eV=1653nm)の2倍の光子エネルギーに第2高調波(SHG)が発生していることを確認した。
ただ、k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brは「対称性の破れがない」物質のため、本来はSHGなど偶数次の高調波が発生しないはずだという。有機物質における電子の散乱時間は約40フェムト秒である。電場の印加時間は6フェムト秒と短いため、電子が散乱なく加速されてSHGが生じた可能性があるとみている。
研究グループは、100アト秒以下という極めて短い時間精度で光の電場波形を制御する「キャリアエンベロープ位相(CEP)操作」と呼ばれる技術を用いて、電流駆動メカニズムを検証した。CEPを光の振動周期(5フェムト秒以下)の半周期分変化させることで、絶対値が最大時の電場の符号を正から負へと変えることができる。CEPが半周期変化すると、電流の向きは正から負へと反転した。
実験では、CEPを変化させ有機超伝導体からのSHG強度を測定した。そうしたところ、CEPが1周期変化する間にSHGは2周期変化した。これは、CEPが半周期変化すると電流の向きが反転(CEPが1周期変化すると2回反転)することに対応している。こうしたSHGのCEP依存性は、SHGが散乱のない電子の加速による電流を起源としている証拠だという。
さらに今回の実験によって、無散乱電子加速による電流の発生には、「超伝導ゆらぎ」が大きく関わっていることが分かった。観測されたSHGは、超伝導転移温度よりも高い温度(30K以上)から増えている。また、温度−圧力相図から、多くの超伝導体では、超伝導転移温度以上で超伝導ゆらぎと呼ばれるクーパー対の短距離相関が反映されていることが分かった。
研究グループは、「今回用いた有機物質だと超伝導ゆらぎは50K以下に制限される。銅酸化物などの高温超伝導体を用いると、より常温に近い温度での動作も期待できる」とみている。
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