東北大学電気通信研究所の尾辻泰一教授らによる国際共同研究チームは、炭素原子の単層シート「グラフェン」を用い、室温で電池駆動によるテラヘルツ電磁波の増幅に成功した。
東北大学電気通信研究所の尾辻泰一教授らによる国際共同研究チームは2020年7月、炭素原子の単層シート「グラフェン」を用い、室温で電池駆動によるテラヘルツ電磁波の増幅に成功したと発表した。研究成果は、テラヘルツ波を利用した次々世代無線通信「6G/7G」の実現に向けて、大きな役割を果たすものとみられる。
尾辻氏らは、グラフェンの電子とテラヘルツ波の光子による相互作用に注目してきた。これまでグラフェンがテラヘルツ波に対し増幅作用を有することや、グラフェンを利得媒質としてテラヘルツレーザー発振が実現できることを理論的に発見し、実証実験にも成功してきた。ところがこれまでは、得られる増幅利得が極めて低く、レーザーの発振動作は−163℃の低温環境でしか実証することができなかったという。
室温で高強度のレーザー発振を行うためには、グラフェンの電子とテラヘルツ波の光子が直接相互作用して得られる増幅利得を巨大化する必要があるという。その手法として、電子集団の電荷振動量子「プラズモン」を介在させる方法が知れており、これらの実証実験も数多く行われてきた。しかし、実際にテラヘルツ波が増幅される現象を観測するまでは至っていない。
尾辻氏らは今回、グラフェントランジスタを試作した。これにはグラフェンプラズモンをテラヘルツ波と効率よく結合できる「二重回折格子ゲート」と呼ばれる独自のトランジスタ電極構造を導入した。
実験では、試作したグラフェントランジスタのドレイン電圧を上昇させながら、テラヘルツパルス波を入射。透過したパルス波の時間応答波形を測定し、入射パルス波と比べることでグラフェントランジスタの吸収特性(周波数スペクトル)を求めた。測定にはフェムト秒という時間分解能が極めて高いテラヘルツ時間分解計測装置を用い、全ての実験を室温環境で行った。
実験によりドレインバイアスが、あるしきい値以下になると、グラフェンプラズモンの共鳴周波数をピークとする強い吸収スペクトルが得られた。ドレインバイアスが上昇するにつれ、この吸収スペクトルはピーク周波数が低域側にシフト(いわゆるレッドシフト)し、吸収率が低下した。
逆にドレインバイアスが、あるしきい値以上になると、0〜3THzの測定範囲内で、グラフェンは完全な透明(吸収ゼロ)状態となった。ドレインバイアスをさらに上昇させると、透過波の振幅は入射波のそれを上回る増幅特性となり、スペクトルピーク周波数における増幅利得は最大9%に達した。これは、これまで理論や実験で限界とされてきた値の4倍に相当するという。また、スペクトルピーク周波数はドレインバイアスの上昇に伴い高周波数へシフト(いわゆるブルーシフト)した。
これらのことから、正常なドップラー効果と逆ドップラー効果が共存するという現象を得ることができた。このことは、テラヘルツ波の周波数を能動的に変調制御することが可能であることを意味するという。
今回の実験では、グラファイト塊から剥離、転写して得られた単層グラフェンを用いた。高品質な単結晶グラフェンを層状に多層化したエピタキシャル多層グラフェンを用いれば、今回得られた増幅利得9%を、グラフェンの層数分だけ高めることが可能となる。今回の研究成果は、室温で乾電池駆動を可能にする高利得テラヘルツ波増幅素子や高強度テラヘルツレーザー素子の開発に弾みをつけるとみられている。
なお、今回の実験研究は東北大学が主体となって取り組み、理論研究を東北大学とフランス・国立科学研究所(CNRS)−モンペリエ大学、ロシア科学アカデミー・ヨッフェ研究所、ロシア科学アカデミー・コテルニコフ無線電子工学研究所、ポーランド国立高圧物理学研究所が共同で行った。
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