理化学研究所(理研)らによる国際共同研究グループは、3つの電子スピン量子ビットを用いて、「量子テレポーテーション」と呼ばれるアルゴリズムを実行し、入力ビットの状態を出力ビットへ転写することに成功した。大規模な半導体量子コンピュータの開発に弾みをつける。
理化学研究所(理研)とシドニー大学、ルール大学ボーフム校による国際共同研究グループは2021年5月、3つの電子スピン量子ビットを用いて、「量子テレポーテーション」と呼ばれるアルゴリズムを実行し、入力ビットの状態を出力ビットへ転写することに成功したと発表した。大規模な半導体量子コンピュータの開発に弾みをつける。
共同研究グループは今回、GaAsとAlGaAsを用いた半導体基板上に金属電極を設け、3重量子ドット配列構造の電子スピン量子ビットデバイスを作製した。ゲート電極に電圧を印加することで量子ドットを形成し、量子ドット中に単一電子スピンを閉じ込め、3量子ビット系として機能する。
量子テレポーテーションではそれぞれ、量子ビットが転写したい情報を持つ「入力ビット」、情報が転写される「出力ビット」および、これらビット間で量子相関を伝達する「補助ビット」になる。実験では、ドット配列上端に位置する入力ビットの状態を、下端に位置する出力ビットへ転写させた。この時、補助ビットが量子もつれを媒介する。各量子ビットの状態は、微小磁石による磁場で制御できるという。
試作したデバイスを用いた実験では、両端の量子ビット間における直接的な「結合の大きさ」を調べた。量子テレポーテーション以外の効果を排除するためだ。この結果、今回行った実験の条件においては、「結合の大きさ」は無視できることを確認した。これにより、両端の量子ビットは「互いに干渉しない遠隔地にいる」とみなした。
次に、量子テレポーテーションを実験した。出力ビットと補助ビットの間で量子もつれを生成した。その上で補助ビットを入力ビットのもとに移動させる。補助ビットが入力ビットの量子ドットへと移動した場合には量子もつれを検出、入力ビットの状態が出力ビットに転写されるという。補助ビットが移動しなかった場合は量子もつれが検出できない。
量子もつれの操作は、「パウリスピン閉塞」という現象を応用した。この現象を用いると、2つの電子スピンが1つの量子ドットを同時に占有するか否かで、電子スピン間の量子もつれがあるかどうかを判定することができるという。この手法は「確率的量子テレポーテーション」と呼ばれ、出力が入力と一致する確率は「1」より小さくなる。
量子もつれの操作を行った後に、出力ビットの状態を測定した。測定した出力ビットと入力ビットの状態を比べた。その結果、入力から推定される出力の状態と、実際の測定で得た出力に正の相関があることが分かった。これは入力ビットの状態が出力ビットへ転写されていることを示すものだという。
量子もつれの検出が、出力に与える影響についても調べた。この結果、検出に失敗した場合には入力によらず出力が一定となることが分かった。このことは、出力ビットへの状態転写において、補助ビットを介した量子もつれを利用することが不可欠なことを示すものだという。
さらに、量子もつれの操作をモデル化し、エラーとなる要因についても解析した。この結果、量子ドット間における不均一磁場の影響によって、量子もつれを生成する効率が低下したことによるものだと判明した。不均一磁場の影響を改善するには、微小磁石の設計変更によって、ドット間に生じる横磁場の差を低減させれば対処できるという。
共同研究グループは今後、量子もつれの検出方法をさらに改善し、常に量子もつれを検出できるような技術の開発に取り組む計画である。
なお、今回の研究成果は理研創発物性科学研究センター量子機能システム研究グループの小嶋洋平研修生と中島峻上級研究員、樽茶清悟グループディレクターおよび、シドニー大学のシュテフェン・バートレット教授、ルール大学ボーフム校のアンドレアス・ウィック教授ら、国際共同研究グループによるものである。
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