とはいえ課題も多い。量子技術そのものについては、量子もつれやデコヒーレンス、量子ビットエラー訂正、低いデータ転送速度などがある。実装面では、極低温での制御や量子ビット生成、ソフトウェアエコシステム、高いコストと複雑性といった課題が挙げられる。
量子コンピュータの重要な特徴である「量子もつれ」は、接続された量子ビットを相互作用させることが可能だ。例えば、量子ビットを測定に使用すれば、他の接続された量子ビットに関する情報も明らかにすることができる。
さらにもう1つ重要な特徴として、スーパーポジションがある。量子ビットは、全ての可能な状態が同時に組み合わさったものとして存在する。量子もつれとスーパーポジションは、量子コンピュータの処理性能を増強することができる。これは、既存のバイナリコンピュータでは不可能なことだ。
もう1つの技術的課題とされているのが、量子ビットもつれを維持することである。量子もつれが失われると、量子計算は無効になってしまう。
量子もつれを維持する技術は、複数存在する。最初のステップとして、環境ノイズから量子ビットを隔離する必要がある。超電導温度で量子ビットを操作することにより、環境ノイズを劇的に低減することができる。また、システムレベルにおけるもう1つの戦略として、耐障害性(フォールトトレランス)がある。
一部の量子技術は、環境ノイズに対して本質的な耐性を備えている。この分野では、トラップドイオン手法の方が超電導技術よりも優れているようだ。
量子もつれのノイズの問題は通常、「デコヒーレンス」と呼ばれる。デコヒーレンスは、量子コンピュータが周囲環境に対して情報を失った場合に発生する。これは、システムがその周囲のアクティブ状態に対して疎結合されているためだ。量子ビットは、量子機械を適切に動作させられるよう、コヒーレンスを維持する必要がある。
デコヒーレンスが依然として、量子実装における課題の1つとされているのは、量子ビット状態が障害なく進化を遂げられるということを頼みの綱にしているためだ。コヒーレンスの保持と、デコヒーレンス効果の低減は、量子エラー訂正の概念に関連性がある。エラー修正は一般的に、幅広い量子アプリケーションをサポート可能な有意義な導入を実現する上で必要だと認識されている。
さらに、量子情報は複製できない上、測定によって情報が妨害されるため、既存のエラー修正技術を実行することはできない。量子エラー訂正技術は実証済みだが、それを実行することは難しい。エラー修正手順はこれまで、エラーを起こしやすいさまざまな物理量子ビットに適用されてきた。これらの量子手順を、既存の処理技術と組み合わせることにより、堅牢かつ安定的な量子ビットである「論理量子ビット」を模倣することが可能なシステムを生み出すことができる。
また、既存の量子プラットフォームは、I/Oデータ伝送速度が遅い。量子コンピュータは将来的に、要件の厳しい量子アプリケーションをサポートできるよう、データ伝送速度をさらに高速化する必要があるだろう。I/O伝送速度が遅いと、全体的な利用率が低下するため、クラウドサービスなどの分野で量子コンピューティングの価値が下がる可能性がある。
デコヒーレンスを低減するには、絶対零度に近い操作が必要であるため、エンタープライズITアプリケーション向けの量子導入が制限されることになる。室温に近い温度で操作可能な量子技術によって、導入が拡大していくことになるだろう。
現在使用中または開発中の量子技術は、少なくとも6種類あるが、この他にもさまざまな技術が登場する見込みだ。技術戦争は、市場における不確実性を生み出すため、新しい産業分野を育てるという点では、良いことだとは言えない。潜在的なユーザーは通常、明確な勝者が出現するまでは導入を遅らせる。
既存のコンピュータと比較して大幅な改善をもたらすために必要な量子ビットの数は、アプリケーションによって異なる。
IBM最近の発表では、量子ビット数の拡大が見て取れる。2021年11月に公開した量子プロセッサ「Eagle」では127量子ビットを実現した。2020年に発表した「Hummingbird」では65量子ビットだったが、大幅に増加した。IBMの量子プロセッサのロードマップには、2022年の433量子ビットの「Osprey」、2023年の1121量子ビットの「Condor」などが含まれている。
IBMが2030年に10万量子ビットのマイルストーンに到達するためには、年間90%の増加が必要になる。2023年までのIBMの年間量子ビットの増加率は158%だ。従って、2030年までに10万量子ビットを達成するという目標は、“妥当な賭け”といえるだろう。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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