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3Mベルギー工場停止、驚愕のインパクト 〜世界の半導体工場停止の危機も湯之上隆のナノフォーカス(49)(1/3 ページ)

2022年3月8日、米3Mのベルギー工場が、ポリフルオロアルキル物質(Poly Fluoro Alkyl Substances, PFAS)の一種である、フッ素系不活性液体(登録商標フロリナート)の生産を停止した。これによって半導体生産は危機的な状況に陥る可能性がある。本稿では、PFAS生産停止の影響について解説する。【訂正あり】

» 2022年04月11日 11時30分 公開

半導体の活況に“冷や水”

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 2020年以降、つまり新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染が拡大して以来、半導体不足に陥ったこともあって、世界の半導体工場は増産に次ぐ増産を行っている。世界半導体市場統計(WSTS)によれば、昨年2021年は、出荷額が約5523億米ドル、出荷個数が約1.2兆個と、いずれも過去最高を記録した(図1)。そして、ことし2022年は、出荷額も出荷個数も、それを上回ると予測されている。このように、半導体業界は、ここ数年、過去に例を見ない活況期を迎えていると思われる。

図1:世界の半導体出荷額と出荷個数(2022年は予測値)[クリックで拡大] 出所:WSTSのデータを基に筆者作成

 ところが、この活況に“冷や水“を浴びせる出来事が起きた。2022年4月7日にEE Times Japanでも掲載された通り、3月8日に米3Mのベルギー工場が、ポリフルオロアルキル物質(Poly Fluoro Alkyl Substances, PFAS)の一種である、フッ素系不活性液体(登録商標フロリナート)の生産を停止したのである(関連記事:「3M、半導体製造に使用するPFASの生産を停止」)。筆者は、この2日前に、4月5日のTaipei Timesでこの事態を知り、腰を抜かすほど驚いてしまった。

 というのは、フロリナートなどの液体は、半導体のドライエッチング装置の温度制御に必要不可欠な冷媒であり、3Mはこの分野で世界シェア80%を独占している。そしてもしその供給が止まったら、世界中の工場で稼働しているドライエッチング装置が動かなくなってしまうからだ。

 本稿では、3Mのベルギー工場停止の影響について詳述する。まず、フロリナートなどの冷媒がドライエッチング装置のどこで使われているかを説明する。次に、この分野における3Mの世界シェアについて詳述する。その上で、3Mのベルギー工場が停止した影響が、どこにどのように支障をきたすかを推論する。

 結論から言うと、事態は極めて深刻である。世界半導体の業界団体や各国政府が一丸となって、ベルギー政府に(一時的に)規制緩和の陳情をするしか解決策はないと思われる。

ドライエッチング装置の温度制御の原理

 ドライエッチング技術においては、微細なパタンや深い孔や溝を形成するために、年々、ウエハーの温度制御の重要性が増してきている。その温度制御をどのように行っているかを、図2を用いて説明する。

図2:ドライエッチング装置における温度制御の原理[クリックで拡大] 出所:野尻一男(Nanotech Research)『はじめての半導体ドライエッチング技術』(技術評論社)、90ページの図4-16

 ドライエッチング中は、プラズマからの熱がウエハーに流入してくるため、何もしないでいると、ウエハーの温度が上昇し、エッチング特性が変動してしまう。そのため、あるエッチング特性を維持するためには、ウエハーの温度を一定になるように制御する必要がある。

 そこで、チラーという装置を使って、静電チャックの裏面から、ある温度の冷媒を流し、これを循環させることによって、静電チャックの温度を一定に保つようにしている。この冷媒に、3Mのフロリナートなどが使われているわけだ。

 また、静電チャックとウエハーの物理的接触だけでは、ウエハーの温度コントロールが不十分なため、ウエハーと静電チャックの間に、He(ヘリウム)ガスを流して、熱伝導の効率を上げている。Heは空気やエッチングガスより軽く、分子運動速度が速いため、ウエハーと静電チャックの間を行き来して熱伝導の役割を果たしている。

 以上のように、ドライエッチング装置の静電チャックでは、チラーで循環する冷媒とHeガスによって、ウエハーをある一定の温度に制御している。そして、その温度帯域は、100℃近い高温から−40℃の極低温まで幅広いため、目的の温度ごとに最適化された冷媒が必要となっている。

 そしてこの冷媒は循環して使っているものの、少しずつリークするため、リークした量を補充しながら循環を行っている。すなわち、半導体工場では、ドライエッチング装置の稼働のために、チラー用冷媒を安定的に調達する必要がある。

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