ここで、ドライエッチング用の冷媒の世界シェアを見てみよう(図3)。
記事の冒頭で述べたように、3Mが80%を独占している。その3Mは、今回生産停止したフッ素系不活性液体のフロリナートの他に、フロン代替製品として、フッ素化合物の構造の一部を改変した「ノベック」という製品を販売している。それぞれの世界シェアは、フロリナートが約50%、ノベックが約30%と推測している。そして、このノベックは、3Mの米国工場で生産されており、今のところその生産に問題はない。
また、3M以外では、ベルギーに本社があるSolvay(以下ソルベイ)が、「ガルデン」という冷媒を販売しており、世界シェア約20%を占めていると推測される。なお、ソルベイのガルデンはイタリア工場で生産されており、この生産も今のところ問題はない。
要するに、3Mのベルギー工場の停止により、世界のドライエッチング装置のチラー用冷媒の約半分が突然消滅してしまったことになる。ちょっと考えただけでも、この影響の深刻さがお分かりいただけるのではないだろうか。
あるサプライヤーの話では、昨年2021年12月にも、3Mのベルギー工場が停止したそうである。そのため、2022年初旬に、フロリナートの供給に暗雲が垂れ込めてきたという。そして、3月8日にとうとうベルギー工場のPFAS関連の生産が停止してしまった。
【訂正:2022年4月12日11時5分 当初、「ベルギー工場が無期限閉鎖になってしまった。」と記載しておりましたが、操業を停止しているのはベルギー工場のPFAS関連製品のみのため、お詫びして修正致します。】
その結果、ドライエッチング装置のチラーにフロリナートを使っていた半導体工場では、その備蓄量が1〜3カ月程度であるため、備蓄が無くなる前に、可及的速やかに代替品を調達しなければならない。その選択肢は、3Mのノベックかソルベイのガルデンしかない注)。
突然、世界のチラー用冷媒のパイが約半分になってしまったわけだから、そこに半導体メーカーの注文が殺到することになる。信頼できる筋からの情報によれば、ソルベイには、到底さばききれないほどの注文が来ているという。また、韓国の某メモリメーカーは、ソルベイが生産するガルデンの全量を買い占めたいと言ってきたそうだ。
従って、第1の問題は、世界のチラー用冷媒の絶対量が不足しているため、代替品の冷媒を調達できなかった半導体メーカーでは、ドライエッチング装置が動かなくなるということである。それはつまり、半導体工場が停止してしまうことを意味する。
第2の問題は、代替品として、3Mのノベックまたはソルベイのガルデンを調達できたとしても、ドライエッチング装置の所望の温度帯域にフィットしない可能性があるということである。例えば、極低温の−40℃に静電チャックの温度を制御したいのに、高温用の冷媒を調達しても、使えないということになる。
第3の問題は、所望の温度帯域の冷媒の代替調達に成功したとしても、本当に、その冷媒を使って、これまで通り半導体を製造できるかどうかを確認する必要があるということである。そのため、代替品の冷媒による試作を行って、ドライエッチング工程の条件出しを行う必要がある。それには相当な時間を要する。
そして、問題はこれだけではない。
注)筆者が入手した情報によれば、3Mのノベックのラインアップの中でも、汎用的な温度域で使用可能な型番は台湾では使用可能であるし、TSMCが使用している模様である。ところが、日本ではノベックの使用が許可されていないという。もし、これが事実なら、キオクシア、ソニー、ルネサス エレクトロニクス、その他のパワー半導体メーカーなど、日本メーカーの選択肢は、ソルベイのガルデンしかないということになる。つまり、日本の半導体メーカーは、より厳しい事態に直面していると言える。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.