先月からの1カ月間、調査を行って判明したことは、1963年に操業を開始した3MのベルギーのZwijndrecht工場(図4)に対して、フッ化物の生産時に排出される排気ガスを巡り、ベルギーのフランダース地方政府が何度も規制強化を通達したにもかかわらず、3Mがそれを順守しなかったため、フランダース地方政府が懲罰的に、フロリナートの生産を止めてしまったらしい、ということである。
そのため、3Mは、Force Majeure(フォース・マジュール)を宣言した模様である。フォース・マジュールとは、「不可抗力」を意味するフランス語で、地震・洪水・台風・戦争・暴動・ストライキなど、予測や制御のできない外的事由を意味する。
例えば、2011年3月11日に、東日本大震災が発生し、その震災や津波などによって多くの工場の稼働が止まった。そのような時、売買契約を結んでいるカスタマーに対して、契約を履行できないため、不可抗力、つまりフォース・マジュールを宣言する。そして、このようになると、稼働が止まった工場は、売買契約の不履行による損害賠償には応じられないことになる。
3Mのベルギー工場の場合も、3Mはフロリナートを生産し、売買契約を締結している半導体メーカーにフロリナートを売りたいのだけれど、フランダース地方政府によって生産を強制停止されてしまったため、フォース・マジュールを宣言することになったということであろう。
Chem-Stationというサイトに、“Tshozo”という方が寄稿した『パーフルオロ系界面活性剤のはなし 追加トピック』という記事が2022年2月14日に掲載された。本記事は、4月に追記され、筆者の4月11日付EE Times Japanの記事が引用されている。
この記事には、かなり詳細に、3Mのベルギー工場において、フロリナート(PFAS)が生産停止に至った背景事情が記載されている。Tshozo氏の記事および、その記事に掲載されている文献などを基に、その事情を説明する。
図5に示すように、3Mのベルギー工場は、フロリナートなどを生産する際に発生する排気物を燃焼させ、その排気ガスを煙突から空気中に放出していた。
しかし、一般的にフッ化物は非常に安定なので、完全に燃焼して分解させることができないようである。そのため、図6に示したように、煙突からの排気ガスの中に含まれる(燃焼されなかった)PFASが、空中に飛散し、その一部が雨となって土壌に降り注いだと考えられる。
そして、これが数十年かけて土壌に浸みこんで蓄積していき、さらには川や地下水脈に流れ込んだPFASが何らかのルートで人間の口に入り、土壌ならびに付近住民の血液内から相当な高濃度のPFASが検出されることとなった。これが、ベルギーのフランダース地方政府が、3Mのフロリナートの生産を強制停止させた原因となっているようだ。
Tshozo氏は、前掲の記事の中で、関係するニュースを基に、フランダース地方政府と3Mの言い分を検証したところ、両者は大きな食い違いがあり、この認識差を埋めるには長い議論と多くのデータが必要となるため、相当の時間がかかることを指摘している。
筆者も、Tshozo氏の記事を読む限りでは、3Mのベルギー工場がフロリナートの生産を再開させることは不可能なのではないかと思い始めている。となると、世界の半導体産業にとっては、もはやフロリナートは当てにはできないことになる。事態はやはり危機的状況である。
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