鳥取大学工学部 制御・ロボティクス研究室は2023年1月6日、対光反射減少を利用した意思疎通システムにおいて、左右の目に異なる刺激を投影することで一度に提示可能な刺激パターンを増加させる新方式を提案したと発表した。
鳥取大学工学部 制御・ロボティクス研究室 研究員の佐藤有理生氏、講師の中谷真太朗氏らの研究グループは2023年1月6日、周囲の明るさに応じて瞳孔径を変化させることで網膜に入る光の量を調整する「対光反射現象」を利用した意思伝達システムにおいて、左右の目に異なる刺激を投影することで一度に提示可能な刺激パターンを増加させる新方式を発表した。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)や筋ジストロフィーなどで自由に体を動かすことが難しい患者が自らの意思を伝達する手段として、頭で考えるだけで装置を動かすなど脳と機械を接続できる技術「BMI(Brain-Machine Interface)」の研究が行われている。
今回の発表はBMIを実現する手法の一つで、複数の注視候補の輝度を異なる周波数で変調させ、対象者の瞳孔径がどちらの刺激に同調して拡縮しているかを計測する方法(以下、瞳孔インタフェース)を活用したものだ。市販のVR(仮想現実)ゴーグルに搭載されている瞳孔径計測機能で実現可能であり、対象者が注目している対象を非接触で検出できる簡易的なBMIとして応用が期待される。
同グループは先行研究からインタフェースにおいても最大/最小の明るさを固定した条件下で最も多くの光量を瞳孔へ入力できる波形である矩形(くけい)波の利用が効率的であるという仮説を立て、瞳孔に入力する信号の波形について調査を行った。結果、光刺激の変調パターンを従来の正弦波から矩形波に変更することでより大きな瞳孔径の応答が得られることが確認された。同グループはリリースで「瞳孔インタフェースの刺激信号として矩形波の利用が望ましいことが示されたのは初めてだ」と述べた。
次に、2つの周波数を組み合わせることで提示パターンを増加させる手法について、2つの周波数をあらかじめ混合した信号を提示する手法(事前混合方式)と、左右の瞳にそれぞれ混合前の信号を提示し、脳内で混合させる手法(脳内混合方式)を比較した。
健常な人では左右の瞳への入光量が異なったとしても左右の瞳孔径は等しく変化するため、仮に脳内での2周波の混合が単純な加算であれば、どちらの手法でも等しい瞳孔径の変化が観測されると考えられる。しかし、実際には事前混合方式と脳内混合方式では観測される瞳孔径の変化に違いがあることが先行研究で発表されていた。
事前混合方式では条件によっては元の刺激周波数よりも大きなビート周波数が観測され、脳内混合方式では比較的ビート周波数の発生が抑えられていた。大きなビート周波数が発生した場合、そのビート周波数を刺激信号として利用することが難しくなるため、2つの周波数を混合して提示する場合には脳内混合方式が優れていると結論付けた。
また、脳内混合方式と両眼に単一の周波数刺激を行う条件(単一方式)の比較を行ったところ、刺激周波数を自由に設定できる場合には単一方式が有効である一方で、少数の周波数しか利用できない状況下では脳内混合方式が有効な手段だと分かった。
最後に、同一視野内に多数の注視対象がある場合の分類を行った。事前混合方式と脳内混合方式、単一方式により15パターンの同時分類を行った結果、ビート周波数を避けた刺激周波数を利用したことで脳内混合方式と事前混合方式の情報伝達率はほぼ同等となり、5種類の刺激周波数の組み合わせによりそれぞれの正答率は58.9%、59.6%となった。15種類の周波数を利用した単一方式では正答率78.5%と最も高い値を示した。
対光反射現象に関する先行研究では、瞳孔径が人間の認知的な注意の影響を受けることが明らかになっており、BMIの実現方法の一つとして対光反射現象を活用した方法が提案されていた。しかし、対光反射現象が生じる点滅周波数には上限があるため、現在の瞳孔インタフェースでは一度に提示可能なパターン数が限られるという問題があった。また、市販のVRゴーグルなどに使われる通常のディスプレイは1秒当たりの画面の更新数(リフレッシュレート)が固定されるため、利用可能な刺激周波数は限られている。
今回発表された方式では、少数の周波数しか利用できない状況でも多数の注視対象を用意することができれば、瞳孔インタフェースの利用可能性が広がると期待できる。
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