『天野先生の「青色LEDの世界」』で興味深いのは、赤崎教授の反応です。
慌てて赤崎先生のところに結晶を持っていきました。今まで見たことがないほどきれいだったので、喜んでもらえるだろうと思ったのです。しかし、赤崎先生は冷静にこうおっしゃいました。「結晶がきれいになっただけではだめだから、中身がきれいかどうかも確認しなさい」。つまり、結晶を評価する実験をして、高品質な結晶かどうかをきちんと確かめましょうということです。赤崎先生の反応が意外と冷静だったので、盛り上がった気分がしゅんとなりました
(出所:天野、福田、『天野先生の「青色LEDの世界」』、講談社ブルーバックス)
この記念すべき日の冷静なやりとりを、応用物理学会誌『応用物理』の創刊75周年記念特集インタビュー「青色発光ダイオードを求めて」(2007年8月号、po.892-898)で赤崎教授は以下のように述懐しています。
ある日,天野君が低温バッファ層を介して成長させた表面がピカピカの結晶を興奮して持ってきました.私は松下のころから未到のGaN もなんとかして“文質彬々”にしたいと思っていましたので,表面がきれいでも,中も本当によいことを確かめるまでは,心底から安心できなかったんです.少なくともX線回折の半値幅,電気的性質,何よりもルミネッセンスを測るようにと,その場で指示した記憶があります.中もきちんと調べてから発表しようと思ったのです.
(p.897)
ここで「文質彬々(ぶんしつひんぴん)」とは、見た目の良さ(文)と中身の良さ(質)がちょうどよく釣り合った状態(彬々)を意味します。なお赤崎氏は、「私は以前から半導体の単結晶は“文質彬々”でなければならないと考えていました.中(実質)がよいものは表(外観)もきれいなはず.表をきれいにするには,中がよくなくてはいけない.外観,内容ともによく整っている,という意味でいっています.」と上記のインタビューで述べています(p.897)。
X線回折の半値幅、電気的性質、ルミネッセンス特性のいずれも、鏡面のGaN結晶は従来のGaN結晶(磨りガラス)に比べるとはるかに優れていました。「文質彬々」が証明されたのです。
名古屋大学の赤崎・天野グループはGaNの高品質結晶薄膜を武器に、1989年には少なくとも3つの重要な研究成果を挙げています。「電気抵抗の低いp型GaN結晶」の製造、「pn接合型GaN青色発光ダイオード(青色LED)」の作製、「n型GaN結晶の電気伝導度制御」、です。1986年に高品質結晶の作製に成功してから、わずか4年足らずの間に恐ろしいほどの進展を見せています。
また同じ1989年には、GaNと窒化インジウム(InN)の混晶であるGaInN(GaとInの比率が変化)の単結晶薄膜の成長にNTTの松岡隆志氏らの研究グループ(以降は「松岡グループ」と表記)が成功しています。InNはバンドギャップがGaNよりも狭い材料として知られており、青色発光の輝度を高めるためには、Inの比率を高めたGaInN混晶が望まれていました。GaNのバンドギャップは広くて発光スペクトルの多くが紫外線となるため、青色発光の輝度が極めて小さかったからです。ちなみに天野・赤崎グループが作製したpn接合型LEDの青色発光は、p型領域のアクセプタ(マグネシウム(Mg))を経由した伝導帯-アクセプタ準位間の伝導電子遷移による発光(波長420nm〜430nm)でした。当然ながら青色の発光効率は極めて低く、暗かったのです。
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