He問題が「プロセスを動かすガス」の危機だとすれば、ナフサ不足は「装置を組み立てる素材」の危機である。両者は独立した事象に見えて、実は半導体製造の同じ基盤を、別の角度から崩しにかかっている。
ナフサは原油精製の中間留分であり、石油化学の出発原料である。エチレン、プロピレン、ブタジエン、芳香族(BTX)などの基幹モノマーは全てナフサクラッカーから供給され、これらを起点にフッ素系樹脂、フッ素ゴム、エンジニアリングプラスチック、特殊潤滑油が製造される。
半導体製造装置の内部構造は、これらの高機能ポリマーなしには成立しない。具体的には以下の四カテゴリーである。
ナフサ供給が逼迫すれば、これらの素材のアップストリーム原料が細り、半導体装置の製造・保守に必要な部品が入手困難になる。
先端半導体工場では、超純水、薬液、ドライガス、スラリーなど、あらゆる流体がPFA(ペルフルオロアルコキシアルカン)配管を通る。PFAは耐薬品性、耐熱性、低溶出性、低パーティクル性を同時に満たす唯一に近い素材であり、先端ファブ1棟あたり100km以上のPFA配管が敷設される。
PFAは単なる汎用樹脂ではなく、半導体グレードの低溶出・低パーティクル品として厳しく認定されている。主要メーカーはChemours(旧DuPont)、Daikin、AGC、Solvay(現Syensqo)に限られる(各社Annual Report、SEMI Fluoropolymer Market Report)。Chemoursは2023年、ノースカロライナ州Fayetteville工場のPFAS関連訴訟(GenX問題)で大規模和解に至り、生産体制に不確実性を抱えている。
そして既に配管は敷設済みであっても、保守・更新・増設に必要な継手、バルブ、チューブが供給されなければ、半導体工場は徐々に機能を失う。配管1本の不良が、数日〜数週間のライン停止につながる例は現場では珍しくない。
半導体装置の真空系、ガスライン、プロセスチャンバーには、膨大な数のOリング、ガスケット、シールが使われる。プロセスガスはNF3、ClF3、WF6、HBr、BCl3など強腐食性のものが多く、FFKM(パーフルオロエラストマー)でしか耐えられない環境が数多く存在する。
そして、FFKMの主要グレードは、以下の4社に集約される。
FFKMは高価(Oリング1個数千〜数万円)かつ寿命が短い消耗品であり、半導体装置の定期メンテで大量に交換される。AMAT、Lam、TELをはじめとする全ての前工程装置メーカーにおけるサービス部門は、これらを安定確保することを前提にビジネスモデルを組んでいる。
ここにPFAS規制が重なる。欧州化学品庁(ECHA)は2023年2月、PFAS(ペルフルオロアルキル・ポリフルオロアルキル化合物)の広範な使用制限提案を公表した(ECHA, "ANNEX XV Restriction Report: Per- and polyfluoroalkyl substances (PFASs)," 7 February 2023。提出はドイツ・オランダ・デンマーク・スウェーデン・ノルウェーの5カ国当局)。FFKM、PFA、PFPEはいずれもPFASに該当する。提案通りに規制が発効すれば、半導体産業はPFAS適用除外(derogation)を勝ち取るか、代替材料を開発するかの二択になる。
既に3Mは2022年12月、2025年末までにPFAS事業から撤退すると発表した(3M Press Release, "3M to Exit PFAS Manufacturing by the End of 2025," December 20, 2022)。3MはFFKM原料(特定フルオロエラストマー)、PFPE、フッ素系界面活性剤の主要サプライヤーであり、その撤退は供給ベースそのものを削る。
本件については、拙著記事「3Mベルギー工場停止、驚愕のインパクト 〜世界の半導体工場停止の危機も(2022年4月11日)」「続報・3MのPFAS生産停止、今は「嵐の前の静けさ」なのか(2022年5月18日)」を参照されたい。
半導体装置の真空ポンプ、特にターボ分子ポンプとドライポンプは、腐食性プロセスガス、反応副生成物、微粒子に常に曝されている。この環境で潤滑性能を維持できる潤滑油は、PFPE(パーフルオロポリエーテル)以外に実用的な選択肢がない。
主要製品は以下の2社に集約される。
PFPEは化学的に不活性で、酸素・塩素・フッ素系ガスと反応せず、高真空下でも蒸気圧が極めて低い。これらの特性は、分子構造に完全フッ素化エーテル結合を持つことに由来し、代替分子を設計することは理論的には可能でも、認定と量産化には数年〜10年を要する。
真空ポンプの潤滑油が途絶すれば、ドライエッチング装置、CVD/ALD/PVD/エピ装置、それに加えて最先端露光装置EUVの保守・メンテナンスが成立しなくなる。これは新規装置の問題ではなく、既に稼働中の数万台規模の装置が、順次メンテナンス不能に陥ることを意味する。
なお、EUVについては、真空槽内でレチクルを固定している静電チャックの裏面にHeを流している。従って、Heの供給途絶は何らかの影響を受けると筆者は推測している(van de Kerkhof et al., ASML, Proc. SPIE各巻)。これは、第1章で論ずるべき内容であるが、EUVの専門家からは「たとえHeが無くてもEUVの露光にはそれほど影響しない(かもしれない?)」と聞いており、事実が判明するまでは、この問題にはタッチしないことにしている。
Victrex社を主要サプライヤーとするPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)は、高温・高純度環境での構造部材、絶縁部品、ベアリング、ウエハーハンドリング部品として多用される。ウエハーキャリア、エンドエフェクター、真空内部品のうち金属を使えない箇所のほとんどがPEEKまたはその類縁ポリマーで作られている。
PEEKは特殊モノマー(4,4'-ジフルオロベンゾフェノンなど)を原料とし、その供給はナフサ→芳香族→特殊中間体というルートに依存する。ナフサ供給の下流逼迫は、PEEKのような特殊エンプラに最も遅れて、しかし確実に波及する。
ナフサ/PFAS危機は図3に示すように、性質の異なる4つの圧力が同時期に重なって発生している点に特徴がある。
これら4つの圧力のうち、3と4は本危機の構造を特に象徴的に示している。
ここで、Syensqoとは、ベルギーの化学大手Solvayが2023年12月に事業を二分割し、高機能材料・特殊化学部門を切り出して独立させた新会社である[3][4]。分社化後、半導体製造に不可欠なPFPE系熱媒体・潤滑油(Galdenブランド)、PVDF(Solef)、PFA(Hyflon)といった高機能フッ素材料は、すべてSyensqo側に移管された。一方、Solvay本体(新Solvay)にはソーダ灰、過酸化水素等のコモディティ化学品事業が残された。
この分社化は、次のような構造的帰結をもたらす。Syensqoは、従来Solvay本体に存在していたコモディティ事業との内部補完(キャッシュフロー面および原料・ユーティリティ面)を失い、供給余力は構造的に低下した。
そこにPFAS規制強化(ECHA提案)と、フッ素ポリマー・フッ素ケミカルでトップシェアを有していた3Mの撤退[1]が重なった結果、半導体製造に使われる高機能フッ素材料(例えばドライエッチング装置のチラー用冷媒、真空ポンプ用潤滑油、FFKMシール等)は、「規制圧力下で増産できない状態で、需要だけが逼迫する」という逆説的な需給構造に陥っている。
これら4つの要因は、単独でも供給ベースを削るが、同時に作用することにより供給バッファを完全に消失させる。半導体産業が備蓄していたのは「特定メーカーの特定グレードのシール」「特定メーカーの特定粘度のPFPE」であり、そのうち一社でも欠ければ、装置認定(QVL: Qualified Vendor List)を通過した部品が物理的に入手不能となる[5]。これが、本稿が繰り返し強調する「品番レベルの依存性」の実体である。
注)本節の参考文献は、多岐にわたるので、文末に「3.6 規制・市場圧力の同時発生」の文献としてまとめて掲載する。なお、本稿前文の文献も、文末に掲載する。
ナフサ/PFAS危機は、He危機と対照的な現れ方をする。
He危機において典型例となるドライエッチング装置では、真空チャンバー内の気相プロセスが成立せず、製造が「即死」する。一方、ナフサ/PFAS供給逼迫の危機は、ナフサを起点とする部品・配管・シール材・潤滑油などの液相・固相の材料に関わるため、まず前工程装置の保守・メンテナンスが成立しなくなり、これを放置すれば、余命数ヶ月から半年を宣告された末期患者のごとく、工場は緩やかに、しかし確実に停止に向かう。
発現様式は異なるが、両者は同じ構造を共有している。すなわち、「代替不可能な特殊素材が、少数の寡占サプライヤーに依存し、かつ備蓄では吸収できない」という構造である。
この構造から導かれる警告は明確である。PFAS規制(ECHA提案)と3Mの撤退という組み合わせは、半導体産業にとって従来存在しなかった 「規制による供給遮断」 という新しいリスクカテゴリーを生み出した。これは市場原理では解決できない。政策的対応なしには、認定済み(QVL通過済み)素材が市場から単に消滅する。
そして、今般のナフサ供給逼迫は、まさにこのカテゴリーに分類される問題である。その上、問題のスケールがあまりに大きく、一企業・一産業・一業界団体では到底対処できない。従って、関係する各国政府が連携し、協調して対処しなければ、世界の半導体産業は機能停止に至る。
ナフサを原料とする半導体材料のうち、感光性材料であるフォトレジストは特に深刻な問題を抱えている。本問題の重大性に筆者が気づいたのは本稿執筆の後半であり、その内容と深刻さは、本章に数行を追加する形では到底論じきれない。そこで、別稿(仮題)「フォトレジストとナフサ起因材料の供給リスクに関する調査 ? その深刻度」として改めて論じることとする。
ここでは予告として、最小限の警告のみ記す。フォトレジストは、先端ノード/成熟ノードの別なく、ロジック/メモリの別なく、あらゆる半導体製造のリソグラフィ工程に使用される。そのフォトレジストの出荷がナフサ供給逼迫によって停止すれば、リソグラフィ工程が成立しなくなり、世界中のすべての半導体工場が停止することになる。
US5624582A - Applied Materials, ドライエッチにおける裏面He冷却
US6159299A - Applied Materials, ESC温度制御
US6562128B1 - ASM America, エピタキシャル成長工程
US6905079B2 - CVD背面ガス熱制御
US7674636B2 - Applied Materials, CVD背面ガス
US9576811B2 - ALDプロセス関連
WO2020214732A1 - Lam Research, ALDキャリアガス
ECHA, "ANNEX XV Restriction Report: Per- and polyfluoroalkyl substances (PFASs)," 7 February 2023
U.S. Bureau of Land Management, "BLM Completes Sale of Federal Helium System," 2024年6月
Helium Stewardship Act of 2013 (U.S. Public Law 113-40)
USGS Mineral Commodity Summaries 2024 ? Helium
DPAS (Defense Priorities and Allocations System), 15 CFR Part 700
DoD, "Securing Defense-Critical Supply Chains: Report to the President," 2022
3M Press Release, "3M to Exit PFAS Manufacturing by the End of 2025," December 20, 2022
Solvay spin-off announcement → Syensqo launch (2023年12月)
Chemours Fayetteville GenX settlement (2023)
各社Annual Report / IR資料 FY2023: Applied Materials, Lam Research, Tokyo Electron, ASML, KLA
NIST Chemistry WebBook, NIST Standard Reference Database 69
Donnelly, V. M. & Kornblit, A., "Plasma etching: Yesterday, today, and tomorrow," J. Vac. Sci. Technol. A 31, 050825 (2013)
George, S. M., "Atomic Layer Deposition: An Overview," Chem. Rev. 110, 111-131 (2010)
Kornbluth, P., "Helium market review," CryoGas International / Gasworld各号 (2022-2024)
van de Kerkhof et al. (ASML), "Enabling sub-10nm node lithography," Proc. SPIE各巻
SEMI, "Helium Supply in the Semiconductor Industry" 業界白書
SEMI Fluoropolymer Market Report
湯之上隆『3Mベルギー工場停止、驚愕のインパクト 〜世界の半導体工場停止の危機も』、EE Times Japan, 2022年4月11日
湯之上隆『続報・3MのPFAS生産停止、今は「嵐の前の静けさ」なのか』、EE Times Japan、2022年5月18日
EE Times Japan、2026年4月9日、コラム「湯之上隆のナノフォーカス(89‐1)」に『ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(前編)』、EE Times Japan、2026年04月09日
EE Times Japanに近日中に、コラム「湯之上隆のナノフォーカス(89-2)」に、『ヘリウム調達停止――AIブームを崩壊させる「見えない臨界点」(後編)』、EE Times Japan、2026年04月10日
[1] 3M Company, "3M to Exit PFAS Manufacturing by the End of 2025," Press Release, December 20, 2022. https://news.3m.com/2022-12-20-3M-to-Exit-PFAS-Manufacturing-by-the-End-of-2025
[2] European Chemicals Agency (ECHA), "Annex XV Restriction Report ? Proposal for a Restriction: Per- and polyfluoroalkyl substances (PFASs)," submitted by the authorities of Denmark, Germany, the Netherlands, Norway and Sweden, 22 March 2023. https://echa.europa.eu/restrictions-under-consideration/-/substance-rev/72301/term
[3] Solvay SA, "Solvay successfully completes the separation into two independent publicly listed companies," Press Release, December 11, 2023. https://www.solvay.com/en/press-release/solvay-successfully-completes-separation
[4] Syensqo SA, "Syensqo Starts Trading on Euronext Brussels and Paris as a New Independent Global Specialty Company," Press Release, December 11, 2023. https://www.syensqo.com/en/news
[5] SEMI, "Position Paper on the Universal PFAS Restriction Proposal (ECHA)," SEMI Europe, 2023. https://www.semi.org/en/industry-groups/semi-europe
[6] Gluge, J., Scheringer, M., Cousins, I. T., DeWitt, J. C., Goldenman, G., Herzke, D., Lohmann, R., Ng, C. A., Trier, X., Wang, Z., "An overview of the uses of per- and polyfluoroalkyl substances (PFAS)," Environmental Science: Processes & Impacts, 22, 2345?2373 (2020). DOI: 10.1039/D0EM00291G ? PFASの産業用途全体像を示すレビュー論文。半導体用途を含む。
[7] Techcet LLC, "Critical Materials Report: Fluoropolymers & Fluorinated Specialty Materials for Semiconductor Manufacturing," 2023. ? PFPE、FFKM、PFAの市場構造・サプライヤーシェアに関する業界レポート(有償)。
1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年にわたり、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。2023年4月には『半導体有事』(文春新書)を上梓。
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