昨今のAI関連投資の拡大傾向を「AI市場はバブルだろう」とみる向きは少なくない。だが筆者はそうは思わない。その理由を解説したい。
クラウドメーカーの設備投資(Capex)が、もはや「大きな成長」などという生ぬるい言葉では片付けられない領域に達している。クラウドメーカーTop8社の投資額は、2021年の1451億米ドルから、2026年には4倍以上の6020億米ドルへ膨張する。その増加率は常軌を逸している。
それでも市場には「またバブルだろう」「どこかで崩れる」という“いつもの逃げ道”がささやかれている。しかし、それには根拠がない。希望的観測ですらない。単なる現実逃避だ。なぜなら今回の投資拡大は、景気やムードやバブルではなく、桁違いの計算量という物理法則に突き動かされているからである。
決定的なのは、生成AIの計算負荷が「検索の延長」ではなく、別次元の「学習&推論」だという事実だ。後述するが、Google検索がCPU中心で済むのに対し、ChatGPTの推論はGPU中心の大規模行列演算で、その演算量は1万〜10万倍に達する。
つまりクラウドメーカーは、好んで投資を増やしているのではない。増やさなければ競争から脱落するので、増やしているのである。生成AIを動かせないクラウドなど存在価値がない。だから投資は止まらない。従って、止められない。
本稿では、今起きている現象が「AIバブル」ではなく、半導体市場の重心を不可逆的に塗り替える「AIトレンド」であることを論じたい。
まずは現実を直視しよう。図1はクラウドメーカーTop8社の設備投資推移である。ここで、トップ8社とは、米Amazon(AWS)、米Microsoft(Azure)、米Google(Google Cloud)、米Meta(旧Facebook)、米Oracle(OCI)、中国Alibaba Cloud、中国Tencent Cloud、中国ByteDanceなどである。
冒頭で述べたように、これら8社の設備投資は、2021年の1451億米ドルから2026年には約4倍超の6020億米ドルに膨れ上がる。この設備投資は、もはや“成長”ではない。加速である。
2022年から2023年にかけて一度落ちたから安心かといえば全くそんなことはない。2024年以降の増大傾向を見れば、クラウドメーカーが「1歩も2歩も踏み込んだ」ことが分かる。そしてこの投資増大は、米OpenAIがChatGPTを公開した後に起きている。
つまり彼らは、生成AIが“次の金鉱”だから投資しているのではない。生成AIが既存のインフラ要求を破壊する「ゲームチェンジャー」だから、投資を迫られているのだ。
クラウド投資が膨張する要因は多い。データセンター建設、土地、電力、冷却、ネットワーク、ストレージ、セキュリティ……。だが、全てを一本の線で貫く本質は「計算需要」である。計算需要が爆発したから、他の費用も引きずられて爆発する。クラウド投資の増大とは、要するに計算資源の大量確保競争である。
そして今の計算需要は、従来型のWebサービスや検索サービスの延長線上では説明できない。生成AIは、クラウドに「別腹」を要求するのではない。胃袋そのものを巨大に作り変えろと迫ってきているのである。
ここで、最も危険な誤解を修正しておく必要がある。「Google検索も生成AIも、ユーザーにとっては質問して答えを得るだけだ」という見方だ。
確かに、図2に示した通り、ユーザーの動作は似ている。Google検索も生成AIも、人間が行うことはほとんど同じだ。ところが、世界で30億人以上使っているGoogle検索が、次第にChatGPTなどの生成AIにシフトしてきている。そのユーザーは10億人に拡大しつつある。
筆者も、昨年から有料版のChatGPTを使うようになり、その後はあまりGoogle検索を使わなくなった。その理由は、ChatGPTが便利だからだ。そして、世界中の多くの人々が生成AIの利便性に気付き、それが生成AIのユーザー数の増大につながっている。
ここで最も重要なことは、同じ”質問“でも、Google検索とChatGPTなどの生成AIでは、クラウドが行っている処理がまるで異なっているということである。
その決定的な差を図3に示す。Google検索は、CPU中心の索引検索である。それに対してChatGPTの推論はGPU中心の大規模行列演算である。その演算量(Floating-point Operations Per Second、FLOPs)は、Google検索が10億〜100億に対し、ChatGPTの推論は10兆〜1000兆になる。その差は1万〜10万倍に上る。
それ以外でも、Google検索に対してChatGPTは、サーバ占有時間が10〜100倍、エネルギー消費が10〜200倍、CO2排出量が10〜200倍、推定コストが50〜2000倍に増えるのである。
要するに、生成AIは“検索の高級版”などではない。完全に違う計算であり、完全に違う重たい負荷だ。よって、生成AIの普及とは「クラウドが扱う計算の単位が巨大化する」ことを意味する。これは価格交渉や営業努力で解決する話ではない。物理的に、GPUなどのAI半導体が要る、電力が要る、冷却が要る、ネットワークが要る、広帯域メモリ(HBM)が要る、さらに言えば配線やパッケージまで要る。
ここで市場がよく言うセリフがある。「いずれ効率化されて計算は軽くなるだろう」と。確かに効率化は進む。しかし、その“軽くなる”速度よりも、生成AIの用途拡大、利用回数増大、生成AIの性能向上の速度の方が速い。効率化で1回が軽くなっても、社会が生成AIを使う回数が10倍になれば、総量は増える。さらに入力は長くなり、出力も長くなり、画像・動画の推論まで始まれば、計算はとてつもなく重くなる。
つまり、クラウド投資が増え続けるのは「気合」でも「過熱」でもない。計算需要の構造変化である。そして、投資は止めた瞬間に負けが確定する。クラウドメーカーが投資を続けるのは、勇気ではない。恐怖である。取り残される恐怖が、投資のアクセルを踏み抜かせている。
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