2点を同時にタッチできれば、画面上に表示された写真などを拡大したり、回転したりする操作が可能になる。携帯電話機のスクリーンサイズであればせいぜい3本の指でしか同時にタッチできないだろうが、同時に5点、あるいは10点をタッチできればどのような操作が可能になるかを考えてみよう。
重要なのは、同時タッチ数がセンサーの選択性の問題と関係しているということだ。センサーがどのようにタッチの性質や大きさを解釈し、意味のない入力を抑制できるかを振り返ってみる。本物のマルチタッチ技術なら意図的なタッチだけを識別、解釈できる。これができなければフリックとタップの区別も難しい。当然、偶発的なタッチを識別し、排除できる。
静電容量方式のタッチスクリーンに埋め込まれたセンサー自体は、何がスクリーンに触れているのか、なぜ触れているのかは分からない。指や耳、顔、ひじなどを区別できないということだ。従って、エンドユーザーが電話を使おうとして、機器の端をつかみ、耳や顔を押しつけただけで、コマンドが誤って実行されてしまう可能性がある。
きちんと設計されたマルチタッチスクリーンなら、通常のマルチタッチ用途では使っていないタッチポイントの一部を偶発的なタッチの検知用に割り当てている。意味のない接触点を追跡し、たとえスクリーン上のアクティブな領域に接触点が移動してきても、タッチを抑制し続ける必要がある。
つまり、タッチコントローラーは曖昧さを残さずに、一度に複数のタッチの性質を判定し、分類し、さらにタッチを追跡できなければならない。こうなっていれば、指がスクリーンに若干触れた状態でも気にせずに小型の筐体をつかみつつ、タッチスクリーンを自然に操作できる。
近づいてくる顔や筐体を握っている指に基づく信号を抑制するアルゴリズムがあれば、意味のない入力信号を識別して排除できる。ただし、握っている指からの信号を抑制するのはかなり難しい。単にスクリーンの端が押されたことを無視すればよいわけではないからだ。
コントローラーICに内蔵するアルゴリズムには、意図的なタッチと筐体を握る指を区別し、接触点の移動を追跡し、誤ってスクリーンが押されたときに無視する機能が求められる。意味のあるタッチが筐体を握っている指の方向に動いたときが難しい。ユーザーはスクリーン全体を使ってマルチタッチ機能を操作するため、単に握った指が触れているスクリーンの一角からの信号を無視するだけでは済まないからだ。
ジェスチャ処理アルゴリズムの大まかな動作は次のようなものだ。まず、例えば10個の刻々と変化していく接触点からXY座標を算出する。次にXY座標と、XY座標の移動速度から、ジェスチャの種類を判定する。こうして、タップやドラッグ、ドロップ、ズーム、回転、フリックといった個々のジェスチャコマンドを実行できる。
他にもマルチタッチの利用法がある。接触点の形状認識だ。これができれば、ユーザーインタフェースの可能性が広がる。精度の低い形状認識が実現できるだけでも、鼻やほお、耳の形状を認識でき、タッチスクリーンの誤操作が起こりにくくなる。
指の数以上にマルチタッチ可能な接触点の数が増えても、無駄にはならないということだ。全てはどのようなソフトウェアを開発するかということにかかっている。
既に説明した通り、静電容量方式のタッチスクリーンに用いるコントローラーICは、行と列のクロス結合容量の微妙な変化を測定する。コントローラーの測定手法によって、雑音の影響がかなり異なる。
タッチスクリーンが受ける雑音の主な発信源は、液晶パネル自体である。液晶パネルでは電圧の過渡変動がしばしば起こり、数μsで数V変動する。適切な静電容量デジタル変換器(CDC)チップや雑音抑制アルゴリズムを使えば、発生源で雑音の大半を排除できる。
他の雑音対策手法もある。ITO層を2層使い、自己遮蔽ができるようなセンサー電極パターンを採用することだ。この方法では、別途雑音を遮蔽する層を設ける必要がないため、製造コストを下げられる。雑音の発生源である液晶パネルの表面の影響をセンサーが受けることもなくなる。
2番目に大きな雑音の発生源は、機器が内蔵する非接地電源である。非接地電源は、50Hzや60Hzで数百Vのゆがんだ波形を生む。これがタッチスクリーン装置全体に容量結合されていることが多い。ユーザーが装置に触れると、センサーが容量分圧器の一部となり、測定値に大量の低周波雑音が混入する。非接地電源の影響は、チップ設計と雑音抑制アルゴリズムにより、排除できる。
多くのタッチスクリーンでは製造時にキャリブレーションを行う。エンドユーザーが機器を最初に利用する際にもキャリブレーション操作が必要となることがある。しかし近年になって、自己校正アルゴリズムが提供されるようになった。このため、製造時などにキャリブレーションを実行する必要がなくなりつつある。
信号ドリフトの原因は複数ある。電極の容量変化や、サンプリングコンデンサCsの容量変化が原因だ。容量が変化するのは温度や湿度の変化が原因だ。いずれもタッチの誤検出、タッチの非検出、タッチ感度の変化を引き起こす。
信号ドリフトを補償するアルゴリズムでは、スルーレートを使うことで、基準レベルに補償する。しきい値とヒステリシス値もこの基準レベルに従う。物体が実際に検出されると、入力信号が高まるため、信号ドリフト補償メカニズムは停止する。そのため、基準レベルは変化しない†4),†5),†6)。信号ドリフトを補償する際の各信号の変化を図5に示す。
将来、静電容量タッチスクリーンを搭載した組み込み機器は増え続けるだろう。直観的に操作でき、入力操作に確実に反応するユーザーインタフェースが求められているからだ。
静電容量タッチスクリーンの核となるのが、ITO透明電極とセンサーである。感度が極めて高いセンサーを活用するには、あらかじめ考え抜かれた構造が必要であり、高い処理性能と高度なアルゴリズムを静電容量タッチスクリーン用のコントローラーICに組み込まなければならない。こうすることで高いチャネル密度、高いSN比、マルチタッチ機能を実現できる。
†1)"Charge Transfer Capacitive Position Sensor." U.S. Pat. No. 7,148,704, December 12, 2006.
†2)Capacitive Position Sensor United StatesPatent Pending 20080278178 , November 13, 2008.
†3)Hybrid Capacitive Screen Element, UnitedStates Patent Pending 20070247443 October 25, 2007.
†4)Hybrid Capacitive Screen Element, PatentPending 20070247443 October 25, 2007.
†5)Capacitive Position Sensor. U.S. Pat. No. 6,288,707, September 11, 2001.
†6)Adjacent Key Suppression--U.S Patent 6,993,607, January 31, 2006.
John Carey氏
米AtmelでMarketing Touch Technologyのディレクタを務める。California State Universityで電子工学の修士号を取得した。
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