WPCのレギュラー・メンバーであるオランダRoyal Philips Electronics社の日本法人であるフィリップスエレクトロニクスジャパンの黒田直祐氏に、WPCが誕生した背景などを聞いた。
近接電磁誘導を使ったワイヤレス給電技術の普及促進を図る業界団体「Wireless Power Consortium(WPC)」は現在、標準規格を構成する「インタフェース標準規格書」の策定作業の最終段階に入っている。
WPCのレギュラー・メンバーであるオランダRoyal Philips Electronics社の日本法人であるフィリップスエレクトロニクスジャパンの黒田直祐氏(図1)に、WPCが誕生した背景などを聞いた。同氏は、フィリップスエレクトロニクスジャパンで知的財産・システム標準本部のシステム標準部で部長を務めている。同社において、WPC規格の策定作業を取りまとめる責任者である。
EE Times Japan(EETJ) WPCが設立された背景を教えてほしい。
黒田氏 まず、電子機器の充電器(ACアダプタ)による環境問題をどうにか解決したいと、さまざまな企業が考えたことが出発点である。
携帯電話機や携帯型音楽プレーヤといった携帯型電子機器を買い換える頻度は高い。それにもかかわらず、充電器(ACアダプタ)の共通化は一部でしか進んでいない。このため、毎年大量の充電器が廃棄物化しており、これが社会問題となっている。さらに、多くの充電器は、充電していないときもコンセントにつながれたままの状態になっている。社会全体として、このときの待機時消費電力は無視できない。待機時消費電力は、機器を充電器に接続したときの消費電力量と、同程度になってしまうという試算もあるほどだ。
業界で標準的に使えるワイヤレス給電技術があれば、以上の2つの問題を一挙に解決できる。1つの充電用パッド(送電側デバイス)で複数の携帯型機器を充電できれば、ケーブルを使った充電器を使わなくて済む。また、コンセントにつながる充電器の数が減るため、待機時消費電力も減らせる。
WPCでは、標準規格に準拠した機器にはロゴを付けることで、互換性が確保できていることはもちろん、電力伝送効率や待機時消費電力、安全性などの基準を満たしていることを示す(図2)。これまでは、各企業が独自のワイヤレス給電技術を使っていたため、1つの充電パッドを使ってすべての機器に給電することはできなかった。
ワイヤレス給電技術の標準化は、これまでやりたくてもできなかったことだと考えている。標準規格を策定することはそう簡単ではない。当社(Royal Philips Electronics社)の最も重要な役割は、WPCの規格をしっかりまとめることである。民生機器メーカーとして参画しているものの、中立的な立場を取っている。当社はこれまで、技術の標準化を進めるために必要なさまざまなノウハウを蓄積してきた。法規制の観点や技術の観点などから見て、当社には他社をしのぐノウハウがあると自負している。
現在、WPC標準規格のパート1が1.0版直前の0.99版になっており、最終的に完成させる前の生みの苦しみを味わっているところだ。時間と手間を掛けて、策定作業を進めている。
EETJ ワイヤレス給電技術は、一般消費者に受け入れられるのだろうか。
黒田氏 2009年8月に実施した市場調査の結果は、我々にとってうれしいものだった。具体的には、調査対象の約9割が現在の携帯側機器を買い換えるときに、ワイヤレス給電機能が購入動機になると答えた。また、全体の3/4以上がワイヤレス給電機能の対価として、機器の10%以上の価格を支払うと答えた。
ワイヤレス給電技術は、環境問題の解決を目指すという機器メーカーの立場だけではなく、一般消費者にも多くのメリットがある(図3)。送電側と受電側を接続するケーブルを無くせることで、使い勝手や見た目が良くなる。また、携帯型機器に充電用ケーブルを差し込む手間が減る。充電用端子が壊れてしまうこともない。なお、市場調査は、男性380人、女性380人の割合で、19歳〜44歳の一般消費者に対してインターネットを使って実施した。
EETJ WPCのロゴは中国語で「チー」、日本語で「気」を意味している。珍しいロゴだと感じた。どのような経緯で決まったのか。
黒田氏 複数の案があったが、「チー」のロゴが最も参画企業の受けが良かった。ワイヤレスで電力を給電することと、「気」という言葉の持つ意味合いも、うまく一致している。また、ワイヤレス給電技術を搭載した機器の市場を考えたとき、中国は無視できない。中国市場に向けて、分かりやすいロゴだという点も、チーのロゴに決まった理由の1つである。
EETJ どのようなステップで規格の策定作業は進んできたのか。
黒田氏 まず、WPCでは規格を策定するに当たって、規格が満たすべき製品要求書(CR:Commercial Requirement)をレギュラー・メンバーで決めた。いわば「守るべきバイブル」で、策定作業を進めるなかで困ったときや迷ったときには、この製品要求書に立ち戻る。
製品要求仕様書では、安全性や待機状態の消費電力、送電側デバイスと受電側デバイスの位置合わせ、電力伝送効率、制御信号のやりとり、状態の表示方法、形状、複数の受電側デバイスへの充電といった各項目について、WPCの考え方をまとめている。
各項目について具体的な実現方法を、標準規格のパート1またはパート2、パート3のいずれかに盛り込む。例えば、制御信号のやりとりはパート1で規定し、電力伝送効率はパート2で規定する。
制御信号のやりとりでは、受電側が送電側を制御する仕組みにした。必要な電力量や最適動作ポイント、タイミングなどの指示を受電側が送電側に出す(図4)。 パート2で定める電力伝送効率は、数値で規定するのか、ほかの表現にするのか難しい部分である。最近、Bluetooth通信対応ヘッド・セットといった小型の機器では、受電用コイルが小さいため、電力伝送効率を高めにくいことが分かってきた。数値ではなく、ほかの表現で電力伝送効率を規定する可能性もある。
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