ただ、サムスン電子におけるロールツーパネルについてはサムスン電子内部で疑問視の声も上がっているらしい。ロールツーパネル設備のオペレーションからリワーク(偏光板の貼り直し)、不良品かどうかの判断まで偏光板メーカーが行い、パネルメーカーにとっては100%良品として納品されるので、かえってコスト構造がつかめなくなっているというのだ。また、ロールチェンジに時間がかかるので、従来のシートツーパネル(Sheet to Panel)と生産能力はさほど変わらないとも言われている。
日東電工および住友化学は、コストダウン可能なので量を約束してほしい、という提案を行い、それが功を奏したということなのであろうが、この方法は今後、特にトップの偏光板メーカーにとっては自分の首を絞めることになる可能性もある。
サムスン電子は中国江蘇省蘇州市で7.5世代のパネル工場を着工(2011年5月)、2013年初頭に本格稼働する見通しだ*1)。この工場でサムスン電子がロールツーパネルの技術を導入し、自社でオペレーションするということはないだろうか。中国ではひとつの敷地に複数の企業が入ることができないという(下請け禁止)。この場合、中国での生産品目(パネル)は主に中国のテレビメーカー向けに販売されるであろうから、偏光板はトップ品質の日本メーカー品である必要はなく、サムスン電子は1級に満たない品質でも安価なロールを購入すればよい。
韓国、台湾メーカーが偏光板事業に参入して何年にもなるが、いまだに品質と価格面では日本メーカーとは微妙な差があり、パネルメーカーはそれらの差により仕向け地や売り先を決めている。
なお、LGディスプレー(LGD)およびLGCは、こうしたサムスン電子の動きに対して興味は示しているものの、冷静な見方をしているようだ。LGDは、兄弟会社であるLGC以外の偏光板メーカーからも偏光板の供給を受けているが、偏光板の品質に応じてアプリケーションを決めるとされ、さらにLGCにとって最大限の取り効率を考慮したような発注をしているとも言われる。一方でLGDは偏光板を複数購買することでLGCへのコスト面でのけん制も忘れないし、LGCは世界のパネルメーカーに販売するというオールラウンダーぶりを見せている。この辺り、LGCはひもつきのメリットを生かしながらも、独立した企業であることも世に示している。
偏光板事業は、品質・機能付与といった高機能化競争から垂直統合へ、さらに「量をさばくための仕組み作りの競争」というフェーズに至った。旧来の偏光板事業という形態がなくなることはないだろうが、パネルメーカーにおける偏光板の後工程取り込みにより、偏光板メーカーの一部の付加価値は失われるだろう。「TAC(トリアセチルセルロース)フィルム/PVA(ポリビニルアルコール)フィルム/TACフィルム/一般的な位相差フィルム」といった構成の偏光板は、新規参入組の技術レベルアップによりますますボリュームとコストの競争に拍車を掛けるだろう。
第2回と第3回に分けて、エレクトロニクス分野の話題を例に、市場調査の基本となる考え方や調査事例を紹介してきた。次回以降は、市場調査を進めるための各工程に話題を移す。まず、「ヒアリング」の手法や内容を解説する予定だ。
田村一雄(たむら かずお)
矢野経済研究所CMEO事業部の事業部長。1989年に矢野経済研究所に入社。新素材の用途開発の市場調査に広く携わる。その後、汎用樹脂からエンジニアリングプラスチック、それらの中間材料・加工製品(コンパウンド、容器包装材料、高機能フィルムなど)のマーケティング資料を多数発行した。現在は、デバイス領域まで調査領域を広げ、エレクトロニクス分野の川上から川下領域を統括している。知的クラスターへのコンサルティング実績も有する。2012年1月より産業横断的な新商品開発をミッションとする事業企画推進部統括兼務。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.