佐藤氏は、5Gについての率直な印象として「技術だけが先行しているように見える」と語る。5Gの最も大きな問題は、ビジネス的な視点が欠けているということだ。5Gの開発が進められている大きな背景の1つとして、IoT(モノのインターネット)時代の到来によるデータトラフィックの増加に備えることがよく挙げられるが、「具体的に何をしたいのか、何ができるのかが見えない」と佐藤氏は語る。
センサーのデータを集約装置に送信するなど、データを少量だけ扱うデバイスも増えるとされているが、「こういった用途にも本当に5Gが必要なのかが分からない。むしろ4Gでもよいのでは。(工場や交通インフラなど)遅延が致命的になるアプリケーションも想定しているという声も聞くが、今度は、“本当にそんな分野で5G(携帯ネットワーク)を使ってしまって大丈夫なのか”という懸念が出てくる。自動車や家庭内のネットワークなど、5Gの用途として想定されているのは生命や安全に関わるところなので、メーカーも利用者も慎重になる。それ以外の、例えばテレビのコンテンツ配信などに利用するとなると、光回線との差別化などを考えなくてはいけなくなるだろう」(佐藤氏)。
現時点では、“5Gじゃなければ絶対に無理だ”という用途が見えにくいのである。
これは、3Gから4Gに移行した時にも同じだったという。「4Gに移行しても何が大きく変わったのかがよく見えない。スマートフォンのユーザーの視点で見ると、最も大きく変わったのは“料金”だ。それだけでなく通信量の制限がついてしまった(1カ月7GBまで、など)。『YouTube』などで動画を楽しむなら3Gでもできた。それなら、無制限で利用できた3Gの方がよかったのではないか、という声も多い」(佐藤氏)。4Gによる高速通信を実感するよりも、Wi-Fiに接続できる場所を探したり、通信容量を超えないよう動画の再生を減らしたりと、かえってストレスを感じるようになったユーザーも多いと、佐藤氏は続ける。「5Gの利点を明確に打ち出さなければ、“4G(LTE)と同じなら必要ない”と言われかねない。3Gでも十分だと感じるユーザーすらいるかもしれない」(同氏)。
3Gから4Gへの移行を見れば、5Gを導入した時にユーザーの経済的負担が増えるであろうことは、容易に想像がつく。「通信費は高くなったが、できる事は4Gと変わらない」では、ユーザーは納得してくれない。「ネットワークの高速化などの利点を実感できないまま、料金だけが高くなっていくという“負のスパイラル”になってしまうのではないか、という懸念がある」(佐藤氏)。
佐藤氏によれば、日本だけでなく海外、特に新興国は、費用に対して非常に敏感だという。新興国でいまだに2Gや3Gが多いのは、通信料、端末料ともに高い4Gは不要だと考えているユーザーが多いからだ。
佐藤氏は、現在の5Gの議論は“技術オリエンテッド”に進められていると話す。利用者目線が少なく、5Gに移行した時のメリットとして挙げられている用途は具体性に欠けている。
5Gの要素技術は確かに重要だが、ネットワークだけが進んでも意味がない。ネットワークと対応端末、さらにユーザーにメリットのある用途の3つがそろって初めて、ユーザーにとって本当に価値のある携帯ネットワークが生まれることになるのだ。
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