米国で開催された「Hot Chips 28」において、ARMが新しいベクトル命令「SVE(Scalable Vector Extensions)」を発表した。富士通が、2020年を目標に開発しているポスト「京」スーパーコンピュータに採用されることが決まっている。
ARMは、同社の64ビットアーキテクチャ「ARMv8」をHPC(高性能コンピューティング)向けに推進していくためのベクトル命令を開発した。富士通は、この拡張命令の開発をサポートしており、理化学研究所(理研)と共同開発したスーパーコンピュータ「京(けい)」の後継機に採用する考えだという。京は、SPARCベースのシステムで、2011年のスーパーコンピュータ処理能力ランキング「TOP500」において、8PFLOPS(ペタフロップス)を達成し、世界第1位の座を獲得している。
スーパーコンピュータ市場ではこれまで、Intelのx86が優勢を維持してきたため、ARMの存在感が希薄だった。だが、今回の取り組みにより、ARMのプロセッサコアを初めて同市場に参入させていくことになる。ARMは、Intelのように同市場での存在感を高めていくことにより、IBMやCrayなどのプロセッサを徐々に置き換えていきたい考えだ。
ARMの強みは、x86よりも高い電力効率を実現できる可能性を秘めているという点にある。現在、スーパーコンピュータの開発メーカーにとって、エクサ(1エクサは10の18乗、100京に相当する)FLOPS級のシステムを構築し、それを駆動するための大量の電力を供給することは非常に難しいが、ARMはその実現をサポートできる可能性を持っている。
ARMが現在サポートしている「Neon SIMD」命令は、128ビットに制限されており、クライアントシステムのイメージングやビデオでの使用に焦点を当てている。しかし、同社の「SVE(Scalable Vector Extensions)」は、128〜2048ビット長を128ビット単位でサポートするという。ベクトルコードを1回書き込めば、あらゆるサイズのベクトル設計で動作させることができ、再コンパイルも不要だ。ARMは、「他のアーキテクチャでは実現不可能な性能だ」と主張する。
富士通は、「2020年までには京の後継機でSVEを利用し、既存システムの50倍の高性能化と15倍の高効率化を実現したい」と述べる。
ロードストアアーキテクチャであるSVEは、最大32のベクトルレジスタと16のプレディケートレジスタの他、制御レジスタやファーストフォルトレジスタなどを使用する。プレディケートレジスタは、制御ループに関するさまざまな判断を管理するために使われる。ARMは、将来的にSVEを拡張するためのスペースを、プログラミング領域内に確保しているという。
SVEは現在、数多くのパートナー企業との協業によって開発が進められており、2017年初めには一般に提供できるようになる見込みだ。ARMは現在、拡張命令に向けたオープンソースのLinuxパッチを作成するための手法の開発に着手したところだという。
ARMのフェローであり、リードアーキテクトを務めるNigel Stephens氏は、半導体チップのカンファレンスである「HOT CHIPS 28」(米カリフォルニア州クパチーノ、2016年8月21〜23日)において講演を行った後、「ARMの64ビットのライセンス供与先企業は全て、SVE技術を使用することができる。当社は現在、複数のパートナー企業との協業によりSVEの開発を進めているが、これらの企業名について公表するつもりはない」と述べている。
富士通にとって今回の協業は、ARMが高性能システム市場に参入するに当たり、パートナー契約を締結するチャンスだったといえる。
SPARCは、富士通の法人向けサーバでは、より好んで採用されている。だが同社は、ARMチップをベースにした新しいシステムにも機会を見いだしているという。富士通は2020年までにエクサFLOPS級のスーパーコンピュータの実現を目指している。同社アドバンストシステム開発本部 プロセッサ開発統括部 第一開発部 部長 吉田利雄氏によれば、富士通は512ビットのSIMDベクトルユニットと「Tofuインターコネクト」を使用する予定だという。
【翻訳:田中留美、編集:EE Times Japan】
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