後輩:「江端さん、相変わらず姑息(こそく)ですね」
江端:「何の話?」
後輩:「先月、『6つのデータ解析の結果の仮説立証に失敗した』といっておいて、読者からの仮説を集めさせるなんぞ、やり方が本当にブラックですよ」
江端:「いや、それは誤解だ。私は、そんな意図は全く……」
後輩:「しかし、たった23人の方からの仮説であっても、これだけ説得力があるんですから、これが、その10倍の230人だったら、『飛び込み』の仮説は、ほぼ完全に網羅できるんじゃないですか」
江端:「もう一度言うけど、私は、読者の方をそんな風に利用しようなんて、そんな悪質なこと、一度だって……」
後輩:「それだけの数の仮説が集まれば、いくつかは検証できます。検証ができれば対策だって取れます。江端さんのこのコラムで『飛び込み』件数を半数にできれば、江端さん表彰ものですよ。『自分の成果として、他人の仮説を簒奪(さんだつ)する』、うん、これから、これを江端メソッドと呼ばれていただきます」
江端:「そんな不名誉な名称はいらん」
後輩:「とまあ、こんな感じで、つかみはオッケーですね。では始めましょうか。本日のお題は何ですか」
江端:「『Twitterの存在意義って何だろう』って考え出してしまって。特に、感情(特にネガティブな感情)を発露するだけの、あのメッセージの社会的な意義って何だろう、と、考え出したら訳が分からくなってきて」
後輩:「それは諸説あります。考えを整理するツールであるとか、日常的に使えない言葉(いわゆるタブー語)を利用できるとか。しかし、詰まるところ、『つぶやき』は本能であって、本能に理由をつけることはできないんじゃないですか」
江端:「ネットでなくったって、『つぶやく』ことはできるだろう」
後輩:「江端さんが特許執筆中にまき散らしている「独り言」、みんな、すごく迷惑していますよ。机の回りをウロウロしながら、身振り手振りを交えて『何でだ!』『そうじゃないだろう!』とか、独り言を叫ぶ(×つぶやく)の、本当に止めてもらません?」
江端:「……善処する」
後輩:「つまり、江端さんみたいな、『はた迷惑な独り言』を、システム的に救済しているものと考えれば、Twitterにはそれなりに社会的意義はあるんじゃないですか」
江端:「仮にそうだとしても、それは生産的な行為ではないよな」
後輩:「『生産的』という言葉を、どういう意味で使っているかに因ると思いますが」
江端:「例えば、今の時代、1970年代には1億円もしたスーパーコンピュータの、1万倍の性能を持つコンピュータが、誰の家にも普通にある訳だよ。これだけのものがあるんだから、いろいろなモノを作り出すことができるよね。いろいろな仮説を検証したり、コラムを描いたり、同人誌を作ったり……、そういうことが」
後輩:「それで?」
江端:「でも、ほとんどのコンピュータでは、それらは、そのような生産物を消費する道具に成り下がっているよね。ニュース配信も、『YouTube』も、ゲームも、Twitterも、コンテンツを消費しているけど、生産してはいない」
後輩:「江端さん。Twitterのつぶやきは、生産物ですよ。というか、インターネットは巨大な生産装置といっても良いです」
江端:「うそだろー、『小田急死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね』とかのコンテンツに、どんな生産物としての価値があるわけ?」
後輩:「うん、その『小田急死ね(以下省略)』は、ゴミですね。腐臭だけを放つ、再生不能の生ゴミと断言しても良いでしょう」
江端:「だろ?」
後輩:「でも、江端さん、今回のコラムで、その生ゴミの成分分析をした訳ですよね」
江端:「まあ、そういうことになるかな」
後輩:「その生ゴミがなければ、江端さんは分析もできなかった訳ですよね。「無」からは、何も生み出せませんが、「生ゴミ」があれば、生ゴミだけでなく、その生ゴミの発生した理由、心理状態、性格分析、果ては社会動向まで分析できるんですよ。こんなに役に立つ生産財、めったにお目にかかれませんよ」
江端:「ん、ぐっ……じ、じゃあそれは、まあ納得したことにしよう(「論破された」とは言わない)。しかし、『アンケート結果では9割の人間が、「飛び込み」などの人身事故に腹を立てているが、Twitterでは、そのようなコメントが極めて少ないこと』についてはどう考える?」
後輩:「それは比較的簡単ですよ。江端さんは、甚大な被害を出す台風に対して『死ね』って言いますか?」
江端:「言わない」
後輩:「台風がきて、さまざまなものが破壊されて、いろいろな計画がつぶされたら、確かに腹は立ちます。しかし。腹が立っても、たとえ「つぶやき」であっても、そういうことは書き込みませんよね。『台風、死ね』って書き込む奴って、普通に『あぶない奴』ですよね」
江端:「それはつまり『日本人の大多数はモラリストである』ということか?」
後輩:「とは、私でも思えません。そこで、これは仮説の域を出ませんが、『鉄道を使って通勤や通学をする人は、知性が高い』という説はどうでしょうか?」
江端:「ものすごく斬新な説だな」
後輩:「通勤や通学ができる人々は、どっかの箱(学校とか会社)に収まるだけの知能があり、それを続けるだけの忍耐力を持っている人たちですからね。少なくとも、台風に向かって『死ねぇぇぇ!!、台風ぅぅぅ!!』と叫ぶような人ではないことだけは、確かだと思います」
⇒「世界を「数字」で回してみよう」連載バックナンバー一覧
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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