さて話は変わりまして、前回は、「合衆国大統領選挙制度の優れた点」について、読者の皆さんからいただいたご意見を紹介しました。私が、第5回で指摘したこの選挙の欠点がありながら(歴史的経緯があるとはいえ)、米国民がこの選挙制度の修正を試みようとしないのは、もっと深い合理的な理由があるはず ―― と考えたからです。
ところが、この度、前述の、シリコンバレーでITアナリストをされている方から、かなり面白い意見をいただきましたので、ご紹介したいと思います。ひと言で言えば「江端は難しく考え過ぎだ」ということになります。
「米国民がこの選挙制度の修正を試みようとしないのは、合衆国大統領選挙の制度を変更することは、事実上不可能だからである」
なぜなら、選挙制度を改正するためには、米国憲法を改正しなければならないからです。
まず、米国の憲法改正の手続の概要を以下に示します。
調べてみたところ、米国憲法の制度設計の思想として、憲法を容易に変えられないような作りにしているようです。そもそも、あそこは「50もの国が合衆した国」ですから、憲法がホイホイと変えられるようではマズいのでしょう。
前回も述べましたが、この大統領選挙(の選挙人制度)を変えるメリットのある州は、州の人口が多い州です(カリフォルニア州とか、テキサス州など)。直接選挙制度にすれば、人口が多い州の意見ばかりが採用されることになり、人口が少ない州の意見が無視される、または軽んじられることは確実です。
とすれば、当然に、人口の少ない州は、大統領選挙の改正(直接選挙への変更)を妨害する方向に動くはずです。
加えて、合衆国の憲法改正は、各州からなる「議員の数」でも「選挙人の数」でもなくて、「州の数」で決定されるという、これまた「(有権者の数による)多数決の原理を完全に無視する」という仕組みが出来上がっているのです*)。
*)見方によっては、合衆国には「数の暴力」を排除するという、気高い理念がある、ともいえます。
そこで、(面倒くさかったのですが)今回、各州の大統領選挙の選挙人の数を調べてみました。
―― うん、これは無理だな。
完全にデッドロックしています。選挙人の少ない州の数が多すぎて、憲法改正のスタートすら切るメド(66%の州の賛同)がつきません。百歩譲ってスタートが切れたとしても、もっとハードルの高いゴール(75%の州の賛同)が立ちふさがります。
前々回、前回といろいろ検討してきましたが、合理性とか理念とか理想がどうのこうの言う前に、そもそも、この選挙制度を変える途が閉ざされているのです。
大きな政変でもない限り(テキサス州とカリフォルニア州が、合衆国離脱の独立戦争を始めるとか)、米国は、この大統領選挙制度をこのまま続けていくことになるのでしょう。
とはいえ、米国の憲法は、これまで何度も改正(というか追加修正)されています。
一方、日本では戦後憲法において、まだ憲法改正されたことはありません。もっとも、戦後憲法の制定直後から、憲法改正の動きはありますし、最近は改正への意識も高まっているようですが、この問題に対しては、わが国の国民は慎重な態度を取っています(と、私は思っています)。
憲法改正に関する米国との決定的な違いがあるとすれば、「国民による直接投票」かもしれません。
しかし、米国国民は、4年に1度、「国民直接投票(の風を装いながら、実は間接投票[選挙人制度])による最高権力者の選定」をやっていますので、このあたりのノリは結構軽い(抵抗感が少ない)かもしれません。
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