須藤はまた悩み始めていた。少し混乱しているというほうが適切かもしれない。これまで社内で、直属の上司、営業課長をはじめ、他部門の管理職たちから散々、意地悪をされてきた須藤だ。いっそのこと、思いっきりハード的な改革で、この腐ってしまった会社を直すために課長たちに大ナタを振るいたい気持ちも、やまやまではある。
しかし、そんなことをしたら、会社をダメにしてきた上司や、意見を言わず、問題と向き合おうとせずに傍観してきた社員と同じになってしまう。「ハード改革」と「ソフト改革」について、「アメとムチ」「主体性とやらされ感」のバランスと使い分けが重要だと、杉谷と若菜から聞いていたけど、具体的にはどうすればいいんだろう?
須藤たちプロジェクトメンバーが、調査名目でいきなり各部門に乗り込んでいったところで、不正の原因にたやすく到達できるとは思えない。警戒して誰も本当のことは言ってくれないだろう。だとしたら、最初に組織風土改革をしないといけないのだろうか?……しかし、それには時間がかかりすぎるし、「風土改革をやるぞ!」なんて言い出したものなら、社員から警戒されてますます本音が出てこなくなるかもしれない。須藤はなんだか堂々巡りをしているような気がしてならなかった。「杉谷さん、若菜さんたちはどうやって進めるんだろう?」
杉谷:「なるほどね、ドツボにはまったと言うか、須藤さん、悩んじゃっていますね」
若菜:「またそんな、のんきなことを言って〜! せっかくキックオフミーティングを終えて、中村技術部長や栗山技術担当役員が、抵抗勢力の課長たちにビシッと言ってくれたんだから、先に進む話をしなきゃダメですよ!」
杉谷:「これは失敬……」
須藤:「ですよね…キックオフの後は意気揚々としていたんですけど、実際、どのように進めればいいか考え始めると、いつも同じところで悩んでしまって……」
杉谷:「これから解決していかなければならないことは2つでしたね。1つはエバ機不正の原因究明。もう1つは会社の組織風土を変え、立て直しをすること。先ほど、ハード改革とソフト改革で悩んでしまったと言っていましたが、以前に“組織のハードとソフト”の話をしたことを覚えています?」
須藤:「はい、まさに当社がこの状態なんだなと妙に納得した図を覚えています」
杉谷:「その図で示していることを、今、湘エレは全部やろうとしている。ハード改革はハード部分の改革に対応し、ソフト改革はソフト部分、つまり風土改革に対応しています。この両方が必要であることは、須藤さんは既に分かっているはずです。それでちょっと考えてみましょう。なぜ、エバ機の部品は製造途中で差し替えることができたんですか? なぜ、誰もそのことに気付かなかったんですか?」
須藤:「僕ら技術部や開発課では、製造部の業務プロセスは分からないですよ。それだけでなく購買部も同じで、自部門以外のプロセスなどあまり考えたことはないです」
若菜:「須藤さん、今、答えを言っちゃいましたよ(^_^)」
須藤:「えっ?」
杉谷:「その通り。自部門の業務プロセス、すなわち、開発プロセスについては、須藤さんはよく知っているでしょう。自部門以外の、例えば、前後工程の部門の業務プロセスは意外と知らないものですし、知らなくても日々の仕事は進みますよね。つまり、まずはどういうプロセスで開発が設計した部品が使われず、かつ、特注で購入仕様書を作り、部品手配がかかるはずのものが、そうではなかったということです」
若菜:「それと、業務プロセスの視点で“モノの流れ”だけでなく、“お金”や“情報”の流れも見えてきますよ。自分の前後の工程の部門の中で、どのような仕事のやり方をしているかを知ることは大切です。自部門のアウトプットが、後工程のインプットになりますよね。例えば、技術部のアウトプットが回路図や部品定数表などの図面で、生産技術部のアウトプットは、検査や製造のために必要な検査や調整用のソフトウェア、製作の布線図などですね。開発部のアウトプットが、後工程の人にとって分かりにくいものだと、後工程の人たちは困りますよね?」
杉谷:「これは僕自身の昔話になりますが、一生懸命書いた調整要領が検査部門では使われておらず、床に落ちているのを見たことがあるんです。そのときは悲しくなったものです。この図面では分かりにくかったのかなとガッカリしましたが、それ以上に感じたのは、作成した調整要領がどのように使われるものなのかを理解せずに作成していたなということなんです。つまり、後工程の部門の仕事のやり方、すなわち、相手の業務プロセスを知るということは、自分の仕事を丁寧にするということにつながるのです」
須藤:「なるほど……そんなこと考えたことなかったです」
若菜:「業務プロセスはコミュニケーションのツールにもなるし、問題発見や問題解決のツールとしても使いようによってはものすごく効果があるんですよ!」
さすがに、須藤はキョトンとした様子であったが、このことについては次回、お話しよう。
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