さて、今回の講演では、第2回「我々が求めるAIとは、碁を打ち、猫の写真を探すものではない」に掲載した以下の図を、聴講者の皆さんにもお見せしました。
しかし、この「希望」と「絶望」がどのような形で現われたのかは不明でしたので、今回の講演で、以下のようにまとめてみました。
細かいことを言えばキリがありませんが、批判を恐れずに言うのであれば、第1次ブームは、文字通り「コンピュータと意味のある会話ができる」という「希望」で始まり、その成果がゼロという「絶望」で終わりました。ぶっちゃけ、何一つうまくいかなかったのです。
「コンピュータと意味のある会話ができる」については、現時点においても実現されていません*)。
*)多分、これについての反論される方がいるかもしれませんが、私は、その反論への反論を、証拠付きで示せると思っております。
第2次ブームは、「コンピュータがチェスのチャンピオンに勝った」という「希望」から始まりました(覚えています)。そして、それが(いつも通り、チェスとは全然関係のないものへと期待が広がり)、エキスパートシステムへの期待に向けて爆発しました。
さらに、「医者」と「弁護士」の大半が失業するという予測が盛大にされていました(覚えています)。この当時、1000以上も開発されたというエキスパートシステムで、現時点まで使われているものを、私は一つも見つけることができませんでした*)。
*)あの当時に開発されて、まだ現役稼働しているというものがあったら「over_the_ai@kobore.net」にご連絡ください。自費で世界のどこにでも取材に参上致します。
第2次ブームの「絶望」は、"IF 〜 THEN 〜"のルールを、山のように積み上げても、コンピュータでエキスパート(専門家)を作ることはできない、と気がついた時にやってきました。
人間の思考ロジックは、それほど単純にはできていません。私たちは、この時に、五感や直感とか、暗黙知とか、雰囲気とか、数値化できないものが、かなり重要なものであることを、思い知ることになったのです。
そして現在、第3次ブームの真っただ中にいるわけですが、これは、「猫の画像認識の成功した」と「碁や将棋のマスターに勝った」が「希望」の開始となったといっても、おおむね間違っていないと思っています。
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