京都大学大学院理学研究科の研究チームが、炭素の単一原子層薄膜であるグラフェンを通じて赤外光を1桁波長の可視光に変換できることを発見した。楕円(だえん)偏光の赤外光を用ると、可視光への変換効率が最大になったという。
京都大学大学院理学研究科は2017年5月22日、炭素の単一原子層薄膜であるグラフェンに赤外光パルスを照射すると、5分の1、7分の1、9分の1といった“奇数分の1”の短い波長を持つ可視光が生成されることを発見したと発表した。これは高次高調波発生という現象であり、グラフェンで実現したのは初めてだという。
高次高調波発生は、1980年代に初めて発見された現象だ。当時行われた研究では、100フェムト秒(100兆分の1秒)の高強度パルスレーザーを希ガス原子気体に照射し、波長が数十分の1(周波数が数十倍)の高次高調波を発生させることに成功した。
それ以来、固体でも高次高調波を起こす実験が続けられたが、なかなか成功には結び付かなかった。というのも、固体は気体と違って密度が高いため、高強度のパルスレーザーを当てると壊れてしまうからだ。しかし、波長が赤外領域のレーザーを照射すれば、固体を破壊せずに高次高調波を発生できることが近年報告されるようになった。
固体への照射による高次高調波発生の研究は、その報告がきっかけで盛んになった。だが、そのほとんどは厚い固体の結晶を用いたものだ。そこで京都大学大学院理学研究科の研究チームは、厚さ0.335nmの超薄膜グラフェンで高次高調波を発生させる実験を行った。
今回の研究では、35フェムト秒のパルスレーザーを用い、4500〜6000nm波長の赤外パルス光をグラフェンに照射し、それにより発生した高調波のスペクトルを計測した。その結果、5次、7次、9次の高次高調波の発生が確認できた。
また、直線偏光ではなく楕円偏光の赤外光を用いると、可視光の生成効率が最大になることも明らかになった。その際に生成された可視光の偏光状態は、元の赤外光に対してほぼ垂直だったという。一方、同じ条件でMoS2(二硫化モリブデン)の単一原子層膜で高次高調波発生を試みたところ、楕円偏光による生成効率の最大化は生じなかった。
京都大学大学院理学研究科の研究チームはこの研究結果について、「楕円偏光依存性を偶然にも見いだしたことが、世界中の研究者に驚きを与えている」と語る。さらに研究を進めると、電子状態が線形分散を持ちバンドギャップを持たないというディラック電子状態に、楕円偏光依存性が起因することが明らかになったという。
研究チームによると、今回の生成された可視光の強度はまだ弱いが、グラフェンの積み重ねをうまく制御すれば、積層分だけ生成される可視光の強度を強くできるという。これが実現すれば、赤外から可視に至る幅広い周波数範囲をカバーする新しい光源が誕生する可能性がある。
また、赤外光の波長を長くしテラヘルツ光にすることで、コンピュータの動作周波数(1GHz)や車載レーダー(数十GHz)よりも高速に動作する超高速エレクトロニクスへの展開も期待できるという。今回の高次高調波発生のメカニズム解明は、テラヘルツ光領域のデバイスとしてグラフェンが使える可能性も示している。
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