後輩:「江端さんが『暇を苦痛に感じる』のは、江端さんの余暇に対する考え方が『薄っぺら』で『テンプレ』だからですよ。江端さんは、『余暇とは、こうでなければならない』という固定観念を持っているんじゃないんですか?」
江端:「そうかもしれない。私は、映画や小説の中の『余暇』しか知らないと思う」
後輩:「それと、人間の生活というのは、結構な慣性力があって、なかなか仕事のモードから離れられないそうです。一説には仕事が頭から離れるには「7日」では足りず「10日」必要とか」
江端:「だとしたら、私にとっての長期休暇は、『私に苦痛を最大限に味わう為』に存在しているみたいだ」
後輩:「『働き方』には、『休み方改革』も併せて検討する必要があるんですよ。私たちは、もっと真剣に『休み方』を考えなければならないです。取りあえず、江端さんは余暇を"楽しむ"などとぜいたくなことを言う前に、余暇に"モードを切り替える"という訓練が必要です」
江端:「『余暇の為の訓練』かぁ……もういいよ、諦めるよ」
後輩:「それにしても、江端さんが『町内会』ねえ……。似合わないことをしたものですが、結局何したかったんですか」
江端:「『町内災害情報インフラ』を作りたかったんだ。生存確認、災害時の物資配給の速報、負傷者の運搬先とか、そういうものを、秒単位で伝えるシステムを、”江端家のため”に作ろうと思ったわけ。ぶちゃけ、それ以外のもの―― 盆踊りだの、秋祭だの、そんなものは全く興味なくて、というか、全部廃止してしまえばいいと思っていたくらい」
後輩:「で、そのインフラ構築は、このコラムに書かれているような『シニアのITリテラシー問題』で頓挫した、と」
江端:「もう、ダメ。何をしてもテコでも動かない。少なくとも委員会のメンバーは、”責任感”で、この機会に自発的に勉強を始めるだろうと高を括っていたんだけど、甘かった」
後輩:「そんなもんですか」
江端:「話は変わるけど、嫁さんは、今、レストランで働いているんだけど、シニアの女性の『LINE』の利用率はすごく高いらしいね。4人の友人で3人までLINEを始めたら、残りの一人は必ずLINEを覚えるらしいよ」
後輩:「『同調圧力』ですね」
江端:「あるいは『仲間外れの恐怖』かな。でも、シニア男性でLINEを使っているのを見かけることはめったにないんだって。嫁さんは『シニア男性は、メッセージ交換をするような人間関係が、シニア女性よりも希薄なんじゃないかな』と言っていた」
後輩:「”町内会”は、『同調圧力』の対象足りえなかったと?」
江端:「新しいことなら何でも排除したいという、逆方向の『同調圧力』が勝ったということだろう。『努力せずにすませたい』と思うのは、人間の基本属性だから」
後輩:「さて、本題に入ります。『シニア活用が、ITリテラシーとリンクしている』という江端さんの主張には全面的に賛成です。が、私は、シニア側に責任があるのではなく、行政とか企業の方に問題があると思うんですよ」
江端:「というと?」
後輩:「使いにくいんですよ。スマホも、業務システムも、そして、レストランの窓口受付システムも。人間の直感に反していて、そして、私達の感性を逆なでする、愚劣なインタフェースばかりです」
江端:「同意するよ」
後輩:「この愚劣なインタフェースに対して、行政も企業も、全く真面目に取り組んでいないし、エンジニアは技術視点でしかシステムを見られない。金と暇を持て余しているシニア世代は巨大な市場なのに、そこを狙ったデザイン思考に基づくシステム開発が、全く行われていない」
江端:「反論の余地なし、だ」
後輩:「そもそも、OSS(オープンソースソフトウェア)で、システムが万人にとって自由になったとか、アホなことを信じてきた技術者が悪い。エンドユーザー視点がボロボロだから、GAFA*)に、インターネットの美味しいところ、全部持っていかれたんですよ」
*)グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の4社のこと
江端:「その意見には同意するけど、町内会のシステムごときに、GAFAのサービス品質は期待できないぞ。このままシニアに任せておけば、日本全国の町内会の崩壊は確実だ」
後輩:「シニア主導の町内会というシステムは多分、もうダメでしょう。これは、私の意見ですが、これからは『学校』に、これらの地域自治の仕組みが移行していくのじゃないかと思います」
江端:「”学区”中心の地域自治?」
後輩:「だって、どう考えたって、『シニア』より『子ども』の方が優先順位の高い保護対象ですよ。「子ども」中心の組織の方が、新しい技術だって導入しやすいし、活力もあります。これからは、「敬老精神」より「子どものわがまま」が地域を動かす原動力になるのです」
江端:「「関わりたくない組織No.1」の町内会とPTAの合体? もっとひどいことにならないか? 私は、全く逆の方向で考えていたよ」
後輩:「といいますと?」
江端:「町内会やPTAの組織運営を、全部、外部イベント会社にアウトソーシング(外注)してしまえばいいと思う。盆踊り大会も、運動会も、各社にプレゼンしてもらい、設営から運営までのコストの入札で足る」
後輩:「……なるほど。良く分かりました」
江端:「何が?」
後輩:「『江端さんが、地域自治の組織運営には、絶対的な意味で向いていない』ということです」
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江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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