メディア

ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音”世界を「数字」で回してみよう(62) 番外編(2/10 ページ)

» 2020年03月25日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

シバタ医師からのメール

 江端さん。ごぶさたしております。医師のシバタ ―― 「轢断のシバタ」です。

 江端さんの疑問点であるマスク着用の非対称性についての質問に対する私の見解をお伝えしたいと思います。加えて、新型コロナウイルスに対する現在の医療現場のリアルと、医師たちの考え方も、知って頂きたいと考えております。

 「理論が現実でそのまま動かないことを日々実体験している江端さん」であれば、冷静に読んで頂けるものと信じております。また、もし、江端さんが望まれるのであれば、本メールの内容を開示して頂いても結構です。

 ただし、開示されるならば、江端さんのようなエンジニア的思考を有する人に読んで頂きたいです。

 具体的には、「記載された内容を、無条件に信じない」「理想論を語るだけでなく、現実をきちんと受け入れる」そして「批判に終始するのではなく、解決方法を自分で考えられる」という人が望ましいです。

 なぜなら、これからお話する内容は、人によっては、かなりキツいものになるかもしれないからです。そういった意味で、本メールの取り扱いには、十分ご注意頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。



 さて、マスクには、周囲の人間が発した飛沫が自分の鼻腔および口腔粘膜に付着するのを軽減する作用があります。

 ただし、人間を集団として見たときに、マスクの着用を全員に推奨した結果としてCOVID-19感染を減らす効果が期待できるかどうかについては、疑わしいというのが専門家の結論です。下記に文献のリンクを3つ貼り付けておきます。日本語ですし、割と読みやすいです。

1)千葉科学大学紀要,3,149-160,2010【総説】Evidence of Facemask for Prevention of Influenza Infections⇒リンクはこちら

2)Journal of Healthcare-associated Infection 2017; 10: 9-17⇒リンクはこちら

3)日常的なマスク着用による感染予防効果について Y’s Letter vol.4 No.8, 2018⇒リンクはこちら

 以下に、上記文献からのマスク不要論をまとめてみます(あくまでも、人間を集団として見たとき、というのがポイントです。個人がものすごく頑張れば、その人に予防効果があることを否定していません)。

(1)マスクを着用していた群と、マスクを着用していなかった群を後ろ向き研究*)として比較すると、マスク着用群の方が、インフルエンザや感冒に有意にかかりにくかった、という報告が複数あります。複数の報告で、しっかりと差が観察されています

*)後ろ向き研究(retrospective study):過去の事象について調査する研究

(2)しかし、「よっしゃ、有意差が約束されているならキッチリ研究して論文にしてやろう」と考えて前向き研究*)を計画してみると、差が消えました。ランダムにマスク着用群とマスク非着用群を設定して比較すると、インフルエンザや感冒の罹患率に差がでませんでした。複数の報告で、差が出ていません

*)前向き研究(prospective study):研究計画を立案してから事象の調査を開始すること

 上記(1)の報告がニュースで取り上げられて、マスク推奨の結論が電波に乗ったことが過去にあったような気がします。しかし、きっちり対照群をとると、上記(2)のようになります。簡単に有意差が出せるはずと思っていた研究者は、さぞがっかりしたことだと思います

 考察としては、マスクを自発的にする人は正しい衛生習慣を伴う率が高く、結果として風邪をひかなかった。マスクをランダムに割り付けた結果、衛生習慣もランダム化されたので風邪感染率の差が消滅したのであろう、ということです。

 WHO(国際保健機関)などは、これらの論文を根拠に、「やる気の無い人にマスクを配っても無駄」と考えているのではないかと思います。その代わりに衛生習慣の徹底を訴えています。

(3)手洗いには、感冒、インフルエンザの感染予防効果があります。これはきちんと証明されています。つまり、ウイルス感染には、手指から口に入る経路が重要ということです。

(4)システマチックレビューでは、マスクにも予防効果があることになっていますが、マスク着用群の詳細な状態(手洗い、生活習慣などの衛生習慣の状態)の検討は不明なので、マスク単独で効果が保証されるかどうかは微妙です。

(5)ライノウイルス(普通の風邪)を用いた研究では、手と手を介した接触の方が飛沫を介した経路よりも感染率が高いという結果になっています*)

*)参考:Hand-to-Hand Transmission of Rhinovirus Colds/JACK M. GWALTNEY Jr.et al, Ann Intern Med. 1978;88(4):463-467.

 また、ライノウイルスには汚染された物質表面を介した感染経路が重要であることが示されていますし、手指がウイルスによって汚染された場合、消毒によって感染率が低下することができることが証明されています(参考文献その1その2その3

 (私の記憶では「咳を介した感染とコーヒーカップを介した感染を直接比較して、コーヒーカップ(つまりはマスク、つり革などのオブジェクト)を介した方が、感染率が高かった」という結論の論文を昔読んだ気がしたのですが……原著が出てきませんでした。)

 既存のコロナウイルスに同様の性質があるかどうかについて、詳細な検討は見つけられませんでしたが、教科書レベルでは飛沫または手についたウイルスが粘膜に運ばれることで感染が成立することになっており、感染経路の1つとしてライノウイルスと同様に手指⇒粘膜が重要と考えられているようです(参考)。

 これらの結果が示すものは、ウイルス感染予防には(i)手洗いが重要であり、(ii)ウイルスの伝播(でんぱ)において手指⇒粘膜の経路を無視してはならない、ということです。

 これらの結果が、直ちに今回の新型コロナ(以下、COVID-19と称す)にも適用可能な結論であるかは不明です。ウイルスは、それぞれに個性的な振る舞いをするからです。ただ、COVID-19においても、ウイルスを含む飛沫が周囲の環境に付着すると、2〜3日(材質によってはもっとばらつきがある)は感染性を保ったまま生存することが実験で確認されました。どうやら、COVID-19のウイルスも他の風邪のコロナウイルスと同様の性質を保持しているようです(厳密な実験環境なので、一般の紫外線や空気の流れが存在する一般環境の下ではもう少し生存は短期間のはずです)。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.