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ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音”世界を「数字」で回してみよう(62) 番外編(6/10 ページ)

» 2020年03月25日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

日本の国民性が感染爆発をかろうじて抑えている?

 書いているうちに、だんだん感情がマイナス方向に振れてきてしまいましたので、ここからは、日本政府の医療政策に対しての私の愚痴にお付き合いください。今までのお付き合いの長さから江端さんなら聞いてくださると信じています。

 おおもとの問題(?)として、日本政府は「病床稼働率を上げろ」「在院日数を減らせ」と叫びながら、在院日数が長く、かつ、稼働率が低い病院を倒産させ、淘汰するように仕向けてきました ―― これは「医療費の無駄を無くせ」という国庫の財政状況からは、一定の説得力があります。

 まあ、無駄なお金を医療に注ぐ余裕は日本に無いらしいので、当然の流れなのでしょうし、病気の発生率、病人の生存率/死亡率が、予想される範囲で推移する平時にあっては、正しい方針かもしれなせん。

 しかし、私たちは、3・11の東日本大震災の津波や原発事故、昨年(2019年)の巨大台風19号による20近くの河川の決壊など、予想されないものを、毎年のように見せつけられてきて、もう知っているはずです ――「長期間続く平時」を前提とできる時代は終わった、と。

 病院は「ダム」のようなものです。

 ダムの水面はベッドの稼働率を、放水速度が退院までの日数を表します。病院は患者を早く退院させ(放水速度を大きくし)つつ、ベッドの稼働率も(ダムの水面も)上げなければいけないというのが、医療費圧縮のための財務省から厚生労働省への圧力だったようです。このような、矛盾する要求の中で、急性期病院に務める勤務医は疲弊が進んでいるのが現状です。

 限界まで放水量を上げつつ、ダムの水面すれすれまで貯水するように、病院は尻をたたかれ続けていました。その甲斐(かい)があって、日本の病院のベッドは、ダムの貯水量80〜90%、病院によっては99%すれすれまで入れた状態で安定する状態が続いていました。

 昔は、割とノンビリ入院して退院も遅かった(放水量が小さかった)ので、水があふれそうなら穴を少し大きくする余裕がありました。既に、放水量は最大化(アメリカに比べたらまだノンビリ入院させていると言われそうですが……)されていますので、排水能力の増大はそこまで期待できません。

 昔無駄と言われた中小の病院は既につぶれて(つぶされて)しまいました。実際、コロナウイルスがなければ無駄だったのでしょうから、政府方針を責めることはできません。

 今、そのダムに、大量のコロナウイルス患者が注ぎ込まれつつあります。患者を安定して受けとめてきた急性期病院のダムの水が、もうすぐ、決壊しそうです。

 軽症のCOVID-19患者が外来に押し寄せることで医療が飽和しイタリアのように医療崩壊を起こせば、今まで救命できていた通常の疾患で命を落とすことになります。

 今後「震災関連死」ならぬ「COVID-19関連死」という言葉が、メディアに出現するのは時間の問題でしょう(身体疾患による関連死以外に、経済の悪化から社会的弱者への影響や自殺率への影響も恐らく深刻度が増すだろうと思います)。

 今、我が国は、COVID-19の重症患者を十分な体制で治療できていますが、数が爆発的に増えれば、我が国もイタリアのように医療崩壊が現実になるかもしれません*)

*)2020年3月22日現在

 というわけで、現時点の政府の方針は、私(と私の同僚の二人の医師)の考えとおおむね一致しています。


「海外がどんなにわめこうが、検査は重症者、肺炎患者、疑い濃厚例だけにしてくれ!」

「重症者は頑張って私たちで救命するから、ご飯が息切れせずに食べられる人とか、歩いて外来に来られる人とか、検査の意味がない人は家で寝ていてくれ!」

「軽症で病院に来られてもやることは何もない! 検査陰性でもコロナじゃないと確定しない! 検査なんて半分はハズレだ! 偽陰性で街中をうろつかれたら大変なことになる! 陰性とか陽性とかいちいち騒がないで風邪は全てコロナだと思って2週間家に居てくれ!」


 この意見が、医師の大勢の心情を反映しているかどうかは、母集団が小さすぎて(雑談したのは3人だけですし)何とも言えません。

 ただ、WHOのお偉いさんが、各国に疑い症例全数への検査を呼びかけたことに対して、「素人」「ふざけるな」「迷惑」「無能」と医師掲示板では批判の嵐です*)

*)匿名の掲示板なので、言いたい放題です。掲示板に理性を期待することはできませんが、その代わりに感情と直感と本音があふれています。

 しかし、我が国における、(同調圧力と、突出した個性を真っ先にたたきつぶすことを特徴とする)この独自の国民性が生み出す、以下のような殺伐とした空気、すなわち、

  • 「咳をしたら非国民」「マスクをしていない人間はバイ菌扱い」という暗黙の相互監視
  • 「風邪で病院に行ってもCOVID-19を感染させられるかもしれないし、検査もできないなら自宅に引きこもっていた方がマシ」という検査が自由にできないことから来る自衛意識

これらが、感染爆発を効果的に抑制しているように見えます。

 なんということか、この陰湿な均一性を尊ぶ我が国の国民性が、今世界に誇れる効果として現われているのです*)

*)2020年2月8日に日本で最初の死亡者が発生してから、1カ月半で30人の死亡が確認されましたが、他国に比べるととてもゆっくりな印象です。

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