後輩:「あれ? これは、江端さんの記載したコラムじゃないんですか?」
江端:「シバタ先生が、私のブログの記事『―― なぜ、このような非対称的な論が成立するのか』に対して、送って頂いたメールの内容を、シバタ先生の許諾を頂いて、公開したものだ」
後輩:「なんで、わざわざ、人のメールを開示するんですか?」
江端:「これほどまでに生々しい現場の声であって、「質」と「量」と「タイムリー」がそろった見事なコンテンツを、世間に公開しないなんてありえるか? 担当編集のMさんも、即日”執筆GO”のサイン出したくらいだ」
後輩:「私も、もちろん、素晴らしいコンテンツであることは認めますが ―― 正直に言うと『読まなければよかった』と思っています」
江端:「なんで?」
後輩:「私のパーソナルエリアに、『リアルな死』が入り込んで来てしまったからですよ」
江端:「はい?」
後輩:「今回の新型コロナウイルス感染という事件は、リアルな自分の生命に対する脅威であるのですが、それと同時に、『徹底した他人事』なんですよ。分かります?」
江端:「分からん」
後輩:「感染者数が約1000人(2020年3月23日現在)というのは、日本の総人口1億2600万人に対して、比率にして0.0000079です。これは、私たちの世界では”0”と同じです ―― いやいや、分っています。これが乱暴な理屈であることは、十分に承知しています。ですが、『実感できないこと』を、『実感するようになれ』と言われても無理なんですよ」
江端:「いや、その数値にしても、実際、全数検査をしたらどうなるかは ――」
後輩:「そういうことじゃないんです。いや、そういうことかな? つまり、今私は、数値を例に上げましたけど、私たちは、この事件を『恣意的に、自発的に、他人事のままにしておきたい』のですよ」
江端:「……」
後輩:「『死に至る脅威があるけど、「マスクをして」「手を洗って」「人混みに行かない」ようにしていれば、それでいいんだよ。それ以上のことは考えなくていいんだよ』 ―― と、そう言われ続けていたいんですよ」
江端:「つまり、『リアルはいらない』と?」
後輩:「いえ、リアルは必要です。しかし、そのリアルはあくまで、私とは関係のない遠くの世界の『他人事』であって欲しいのです。
江端:「……」
後輩:「ところが、このシバタ先生のコラムは、『他人事のままで、終結して欲しい』と願う私たち大多数の祈りが、全く無意味なものであると指弾しているんですよ。新型コロナウイルスが、私のパーソナルスペースに侵食してしまったのです」
江端:「脅威や恐怖は正しく理解して、適正にコントロールできるようにしておくべきじゃないのか?」
後輩:「その通りです。繰り返しますが、それは、私と関係のない世界で、私の知らない間に、勝手に終結することが、前提となります」
江端:「えーっと、『自分がいかにメチャクチャなことを言っているか』は、分かっているんだよね?」
後輩:「分かっていますよ。逆に江端さんにお伺い致しますが、江端さんの理系脳による『事実至上主義』が、今回の新型コロナ対応で、うまく機能すると思っていますか? シバタ先生もおっしゃっていましたが、『全数検査』なんかしたら、本当にこの国は終わりですよ」
江端:「じゃあ、我が国としては、どういう対策が正しいと思うんだ? 具体例で示せ」
後輩:「そうですね、私なら、『政府の総力を上げた虚構構築』を提案します」
江端:「政府に対して『国民にウソをつけ』っていうのか?」
後輩:「そうです。『特効薬が完成した』といって、プラセボ(偽薬)を国民にバラまいて、『これを飲んで、2週間は家の中で閉じ込もって寝ていろ。必ず直るから』と首相が公式に宣言します。『特効薬を飲んでも4日間調子が戻らなかったら、強い特効薬を出すから、その時は病院に行け』とも言います」
江端:「それって、今の新型コロナ対策と全く同じじゃないか」
後輩:「そうですよ。それが何か?」
江端:「虚構を構築する理由がないだろうが」
後輩:「医療崩壊を防げます。医療崩壊が防げれば死亡率が下ります。新薬開発までの時間かせぎができます。運が良ければ、ウイルスの撲滅に至れるかもしれません」
江端:「お前……そんなこと(国家レベルの虚構構築)、無理だと承知の上で、言っているな?」
後輩:「ええ、まあ、そうです。ただ、ここまで露骨でなくても、「特効薬はもはや完成目前」「外出禁止令の効果はてきめんだった」「油断しなければCOVID-19の根絶は、たやすい」くらいのウソを言い放つくらいのことやって欲しんですよね ―― 特に政治家の皆さんには」
江端:「そんなことやって、バレたら、大変な社会混乱に至るぞ」
後輩:「もちろんです。私もこんな方法は邪道だと思います。ただ、今回の新型ウイルスに関してだけは、こういうウソが有効に働く可能性が高いんですよ」
江端:「……今回の事件の終結がどうあれ、その政治家の政治生命は終わりだろうな」
後輩:「政治家の皆さんには、国家のために死んでいただきましょう ―― いつも彼ら、選挙カーの上で、そういうこと言っているじゃないですか。『命を賭して』とか、『政治生命を賭けて』とか」
江端:「……」
後輩:「今や、戦後最大級の国難です。彼らに、本懐を遂げて頂きましょう」
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