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ある医師がエンジニアに寄せた“コロナにまつわる現場の本音”世界を「数字」で回してみよう(62) 番外編(7/10 ページ)

» 2020年03月25日 11時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

「検査数制限」がもたらす、幾つかの弊害

 ただ、掲示板で「素人」「ふざけるな」「迷惑」「無能」と罵られたWHOの偉いさんの考え方にも、一方的に悪いとも言えない面もあるのです。

 例えば、我が国にも「全数検査派」というまじめな考えの先生もいます。検査数を制限することには、いくつかの問題があるからです。

(1)最大の問題点は、急速悪化症例が一定数存在するため、早期に検査しないと救命に影響がある患者を見逃してしまう点にあります。これだけは、本当に問題です。

(2)また、正確に近い統計データは疾患の理解と正しい方針を定めるために重要なのは、その通りです。ただし、下記の社会的コンセンサスが無いと、全数検査は大混乱の原因になり得ます。イタリアがその例です。

(a)「陽性だったときに、中等症者までを入院をさせない勇気を医者が持つ

(b)「陽性だったときに、入院を指示されなかったときに納得する理性を患者がもつ

(c)「陰性だったときに、偽陰性の可能性を考えて検査結果にかかわらず自宅で2週間待機するという行動を患者が理性を持って実行できる

(d)「陽性だったときに、実は疑陽性でCOVID-19じゃなかったのに感染病棟に放り込まれるリスクについては諦めるという度量を患者が持つ」

という社会的コンセンサスが既にあれば、全数検査を実施したとしても混乱は起きないでしょう(韓国や「大阪方式」のように軽症者の隔離施設を設けるのも有効だと思います)。

 さて、この「全数検査」ですが、実施した場合にわれわれの行動は何か変化するでしょうか?

 実は、(現時点では)検査してもしなくても、医師、患者、健常人の取るべき行動は、ほとんど変わらないのです。このことを一般の人が理解してくれるか、特に上記項目(c)を理解してくれるかが、分水嶺(ぶんすいれい)なのです。

 正直に言うと、私は不安です。全数検査は、有症状患者を、検査陽性、検査陰性の2群に振り分けてしまうからです。

 医師たちは、「偽陰性、疑陽性がけっこうあるよ」という感じで、検査の精度に限界があることをちゃんと知った上で、統計的に解析します。しかし、一般の市民は「陽性と陰性」を「コロナだ、コロナじゃ無い」に短絡させてしまいます

 多くの人が勘違いしていると思うのですが、検査は、疾患の有無を1と0では示しません。単に、「疾患である確率」と「疾患で無い確率」を与えるだけです。そして、特に、このCOVID-19が、日々、陰性と陽性をコロコロ変化させ続けていることは、ご存じの通りです。

 ちょっと話は逸れますが ―― 。

 そもそも、検査精度を担保するのは結構難しいのです。病原体検出マニュアルが策定されていますが、非常にまともです。完璧なマニュアルです。

 これを全部理解して検査している技師さんが、ちゃんと検査をすれば、正確性はそこそこ担保される(と思う)のですが、real time PCR(RT-PCR)法は検査手技に精通していないと、相当の偽陰性が発生します。

 大学院生が研究でしょっちゅう使う手法ですが、慣れるまでは何をやっても陰性……なんていうこともあるので、対照実験が非常に大切です。

 完璧にコントロールされたRT-PCRは強力な研究ツールですので、背景を理解すれば、とても有用なツールであることは確かです。大学ではみんながお世話になっている、おなじみのツールです。

 ところが、このツール、手技だけで無く、良い検体が取れていないと反応が正確に進まない。また、逆に、ほんのわずかな操作ミスで、何をやっても検査陽性になってしまうほどの高感度な検出方法です。

 実際に手を動かしてReverseTranscription反応(RNAからcDNAを合成する逆転写反応)からRT-PCRまでの一連の流れをやったことがある人は多分みんな気づいているんじゃないかなぁと思いますが、「どんな検体も陰性にしてしまう大学院生」「どんな検体も陽性にしてしまう大学院生」と、「そこそこ正確に判定を下す大学院生」が存在する分析装置だったりします。

 技師さんは割とキッチリ訓練されていますし、マニュアルが素晴らしいのでその通りにやれば、そこそこの感度特異度は担保されることになっています。ただ、検体は「生もの」なので、例え感度特異度が理論値と現場で乖離してしまっても、別段驚きませんし、誰も責められないことも知っています。

 そのうちニュースに出るでしょうから、正直な値をぶっちゃけてしまえば、COVID-19のRT-PCR検査の感度は現状で30%〜70%と推定されています。確定値は未公表となっています(出典:「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療所・病院のプライマリ・ケア初期診療の手引き」)。

 前記の医師の叫び「検査なんて半分はハズレだ!」の根拠です。検査に慣れてきたり、試薬が最適化したらもう少しは感度も上昇すると思いますが……。

 閑話休題。

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