では、ここから、今回の最終回のテーマ「量子もつれ」のアプリケーションと、量子コンピュータへの応用についてお話を始めたいと思います。
「量子もつれ = 気持ち悪!」については、前回のコラムをご一読して頂くとして、今回は、「量子もつれ」を現実に使ったアプリケーションを調べてみました ―― が、正直、調査はかんばしくありませんでした。
[Tさんツッコミ!]あまり文献に強調されていませんが、量子もつれは、代表的な量子アルゴリズム(江端さんが第2回で記載されていた「ショアやグローバーのアルゴリズム」など)のほぼ全てで自然に用いられています。というか量子もつれのない量子計算は一部を除いてほとんど無力です。
正直、#1、#2のような、量子の「もつれ(=連動)」を使って、電子顕微鏡の光源を増量することや電磁波や熱や音の”形”まで読み取ることができることなど、まったく知りませんでした(個人的には興味津々なのですが、割愛します)。
「量子もつれ」のメインのアプリケーションは、やはり#3の「量子テレポーテーション」と、#5「量子暗号」ですが、これらも「量子コンピュータの計算手法」そのものの話ではないです。しかし、この2つについては、有名どころの話であり、そんでもって、多くの人が「勘違いしている」話でもありますので、がっつり説明したいと思います。
多分、あまり知られていないのは、#6の「2次元クラスター状態になっている量子もつれ」になると思います。これが本日のメインとする予定です。
それでは始めます。
まず、「量子テレポーテーション」から説明しますが ―― これはもう、本当に、壮大に「誤解」されています。
そもそも量子テレポーテーションとは、物質の移動ではありませんし、さらに言えば、量子の移動ですらありません。ぶっちゃけ、情報の移動ですらないので、その内容はテレビやインターネット通信の話よりもショボイです。
どうして、これが「転送ビーム」やら「ワープ」の話にまで発展してしまうのか ―― 一言で言えば「量子テレポーテーション」という言葉が悪いのです。
では、「情報の瞬間移動」の誤解からお話しましょう。
下記は、前回のコラムで使った「量子もつれ」の概要を示す図(再掲)です。
量子もつれでは、量子対の一方の量子状態を観測によって確定させると、他方の量子状態は、瞬時(同時)に確定します。つまり、確定状態は、光速を突破して伝わっているのです。これは事実です。
ところが、地球の観測者は、量子のスピンの状態を決めることができません。上向きか下向きかは、確率50%で決まるのを、「指をくわえて見ていることだけ」しかできません。
木星の観測者も観測することによって、地球の観測者が観測した結果の逆の結果(地球で「上向き」を観測された後であれば、木星では「下向き」)が、100%観測されますが ―― 結局のところ、地球の送信者は、自分の送りたい情報を送ることができないのです。
もちろん、観測結果を通常通信で送ることはできますが、それなら、そもそも「量子もつれ」を使う必要すらありません。つまり、量子もつれを使った通信は、100%不可能である、ということなのです。
上記の#1の「物質の移動の誤解」は、#3の「量子の移動の誤解」とまとめて説明できます。「量子テレポーテーション」とは、「量子から成る物質」を転送することではありません。地球で「確定していない量子状態」と完全同一の量子状態を木星の量子に「確定していない量子状態」として写して移す(×コピペ)することです。
いわば、確定してない量子の”状態”だけを、別の量子に移し換えることに過ぎません。しかも、その移し換えは、通常通信の速度(光の速度)を越えることができません。
ここで、量子テレポーテーションの興味深いところは、まず地球上で観測をして、この結果得られた通常の値(デジタル値)を、通常通信で木星に送信するということです。
地球上で観測することによって結果、地球上にある量子状態は消滅(確定)してしまいます。しかし上記のデジタル値を、木星に送信することで、木星でこの量子状態を復元することができるのです。
つまり、同じ量子状態は、世界に同時に2つ存在できない ―― これが、「量子」が「テレポーテーション(移し換えられた)」した、ということで、一方を破壊(量子状態を確定)して、もう一方で再構築(量子状態を復元)する ―― これが、量子テレポーテーションの正体です。
この量子テレポーテーションを、もう少し詳細に説明します。
まず、地球上で、クリスは0猫を使ってHゲートとCNOTゲートを使った量子もつれ状態にある量子対を作成して、その一つの量子をリンタロウに渡します。
リンタロウは、この量子を、量子状態を維持したまま木星に移動します。ちなみに量子状態のコヒーレンス時間は0.0001秒程度ですが、木星までの距離(43光分)の移動時間は、核融合エンジンを搭載した貨客船であっても約40時間かかるようです(出典:さよならジュピター by 故小松左京先生) ―― が、”そこ”は、全力で無視することとします。
さらにクリスは、自分の量子と、量子テレポーテーションの対象の量子との間で、量子もつれを起こして、それぞれの状態を観測によって確定した値(そのデジタル値)を、通常通信を使って木星に送信します。
リンタロウは、自分の持っている量子に、このデジタル情報に基づく1量子ゲート計算を行うことで、地球上にあった量子状態を、木星で再構築することができます ―― そんでもって、
―― で、これ(量子テレポーテーション)が、一体何の役に立つの?
が、(私にとっては)大問題なのです。
物質を転送するでもなく、情報を転送するでもなく、遠方で量子状態を再構築して、どんなアプリケーションができるのかが、私にはさっぱり分からないのです(誰か教えて下さい(本気))。
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