東京理科大学と物質・材料研究機構(NIMS)の研究グループは、リチウムイオンを利用した低消費電力のスピントロニクス素子を開発した。磁気メモリ素子やニューロモルフィックデバイスなどへの応用が期待される。
東京理科大学理学部応用物理学科の樋口透准教授と物質・材料研究機構(NIMS)の土屋敬志主幹研究員、寺部一弥MANA主任研究者らによる研究グループは2020年11月、リチウムイオンを利用した低消費電力のスピントロニクス素子を開発したと発表した。磁気メモリ素子やニューロモルフィックデバイスなどへの応用が期待される。
樋口氏らはこれまで、固体電解質と強磁性体「Fe3O4」を組み合わせた全固体酸化・還元トランジスタを開発。固体電解質中のリチウムイオンをFe3O4へ挿入することで、磁化や磁気抵抗効果など基本的な磁気特性を制御することに成功してきた。
強磁性体は、磁気的エネルギーが最も小さくなる方向に磁化が向く。Fe3O4薄膜は、磁化が薄膜内面方向を向いている。磁気的エネルギーが方向によって異なるのは、キャリア密度が大きく関与しているといわれている。そこで今回は磁化の方向に注目し、平面ホール抵抗を測定し詳細な磁化方向の変化を検証した。
実験では、Fe3O4の磁化方向を制御するため、MgO基板上に強磁性を示す電子伝導体のFe3O4や、リチウムイオン伝導性を示す固体電解質の「ケイ酸リチウム」、電子とリチウムイオン両方が伝導できる混合伝導体の「コバルト酸リチウム」および、白金を積層した素子を用いた。
これに電圧を印加すると、固体電解質内を伝導してリチウムイオンがFe3O4に挿入される。電圧でその挿入量を制御しながら平面ホール抵抗を測定することで、電圧によって異なる磁化方向と異方性磁界について検証した。
実験結果によると、印加電圧が0.0V時の磁化方向は、基準の[110]から約30°反時計方向にずれる。1.0Vまで印加電圧を大きくすると[110]の方向へ約10°回転した。これはFe3O4内の電子キャリア密度が増加し、磁化方向が変化しているからである。
印加電圧の範囲が0.0〜1.0Vだと異方性磁界は変化しなかった。これは、ある方向に磁化を固定する磁気異方性が保たれているからだという。リチウムイオンは可逆的にFe3O4へ挿入と脱離が可能なため、磁化方向は安定かつ可逆的に制御することができる。
一方、印加電圧が1.0Vを超えた領域では、2.0Vで56°と磁化回転が極めて大きくなった。これは、Fe3O4薄膜のキャリア密度600%超に相当する高密度キャリア注入によるものだという。ただ、56°の回転角の一部は不可逆的成分であり、完全な可逆変化ではない。この不可逆的な構造変化を抑えることができれば、大きな磁化回転を安定して実現できるとみている。
リチウムイオンの挿入で、Fe3O4の磁気異方性が変化するメカニズムは、電子注入に伴うスピン−軌道結合の変化で説明できるという。Fe3O4内には「Aサイト」と「Bサイト」と呼ばれる2つの占有サイトがある。FeイオンはAサイトに「Fe3+」、Bサイトに「Fe2+」と「Fe3+」として存在する。Fe3O4のスピン−軌道結合は、「eg(FeB)−eg(FeA)」「t2g内(FeB)」「t2g(FeA)−t2g(FeB)」と想定した。
ここに電子を1つ注入するとスピン配置が変化する。具体的には、「t2g(FeA)−t2g(FeB)」のスピン−軌道結合が、t2g内(FeB)に変わり、磁気異方性が変化したとみている。
研究グループは今後、180°の磁化反転を目指す。さらに、MTJ(磁気トンネル接合)と組み合わせた高密度大容量メモリ素子や、ニューロモルフィックデバイスなどへの応用に向けた実証実験に取り組む予定である。
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