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蚊の嗅覚受容体を用いた匂いセンサーを高精度化0.5ppbレベルの匂いを検出

東京大学および、神奈川県立産業技術総合研究所の研究グループは2021年1月、呼気に混合した0.5ppbレベルの微量の匂い物質を検出できる匂いセンサーを開発したと発表した。

» 2021年01月15日 10時30分 公開
[竹本達哉EE Times Japan]

 東京大学および、神奈川県立産業技術総合研究所(以下、KISTEC)の研究グループ*)は2021年1月、呼気に混合した0.5ppbレベルの微量の匂い物質を検出できる匂いセンサーを開発したと発表した。開発したセンサーは、マイクロデバイスに蚊の嗅覚受容体を組み込んだバイオハイブリッド型匂いセンサーで12×17×5cmサイズと小さく「これまで1000万円程度の価格で売られている大型装置でも検出が難しかったような低濃度の匂いを高精度で検知できる」(研究グループ)とする。

*)東京大学大学院情報理工学系研究科、生産技術研究所の竹内昌治教授、神奈川県立産業技術総合研究所の山田哲也研究員(研究当時/現東京工業大学 未来産業技術研究所助教)らを中心とした研究グループ

開発したセンサー。12×17×5cmサイズで弁当箱相当の大きさ (クリックで拡大) 出典:東京大学/神奈川県立産業技術総合研究所

 東大および、KISTECの研究グループは、2006年に蚊やハエなどの嗅覚受容体を人工的に形成する人工細胞膜形成法を確立。昆虫の嗅覚受容体は、特定の匂い物質(匂い分子)と結合するとイオンを透過する孔を開ける性質を持つ。孔が開くと、細胞膜の内側と外側のイオン濃度の差により、微小なイオンの流れが発生する。このイオンの流れを電流として計測することで、特定の匂い物質を検知するセンサーとして応用でき、既に研究グループでは、匂いセンサーデバイスを作成し、ロボットに組み込んだ概念実証(2019年)を実施するなどしてきた。ただ、従来の匂いセンサーは感度と精度が低く、実用化に向けた課題の1つになっていた。

マイクロスリットと並列化で、感度/精度を高めることに成功

 嗅覚受容体を含む人工細胞膜は水溶液中に形成される。一方で、匂い物質の多くは水に溶けにくく、気中に漂う匂い物質が水溶液中の嗅覚受容体と結合しにくく、感度を高める上で課題になっていた。そこで、研究グループは、効率的に匂い物質を水溶液中に分配できるように、水溶液直下にマイクロスリットを配置。マイクロスリットには、匂い物質を含むガスを流し、ガスの流れで水溶液に対流を起こすようにした。これにより、ガスの流れが水溶液をかき混ぜる形になり、匂い物質の水溶液への溶け込みを促進し、結果、匂い物質と嗅覚受容体との結合確率を高めることに成功した。

開発したセンサーデバイスの模式図。右上図が匂い検出部の拡大イメージ。左下図がマイクロスリットを使った匂い分子導入機構の、右下図が嗅覚受容体を人工細胞膜に再構成させた模式図(クリックで拡大) 出典:東京大学/神奈川県立産業技術総合研究所
匂い検出部の拡大写真。ひょうたん型容器のくびれている部分に嗅覚受容体を含む人工細胞膜が形成されている。マイクロスリットを容器下に配置し、その間にガスを流し、容器中の水溶液を対流させ、嗅覚受容体と匂い物質の結合を促進するようにした(クリックで拡大) 出典:東京大学/神奈川県立産業技術総合研究所

 さらに精度を高めるため、従来1つだった検出部を複数に増やし、マイクロ流路で接続して並列化。肝臓がんのマーカーガスとされる匂い物質「オクテノール」と結合する蚊の嗅覚受容体を人工細胞膜に形成した16個の検出部によるセンサーアレイデバイスを作製した。

 その結果、従来は15%程度にとどまっていた1ppm以下の匂い物質を10分以内に検出できる確率を、90%以上にまで高めることに成功した。健康な人の呼気に0.5ppbの濃度でオクテノールを混合したガスでの実証実験を実施したところ、嗅覚受容体由来の明確な信号の変化を取得することに成功。「約3000種類もの代謝物が含まれる呼気に含まれたppbレベルのオクテノールを嗅ぎ分けられるということが分かった」(研究グループ)

図A=呼気測定の概略図。図B〜D=呼気に混合したオクテノール計測結果。混合したオクテノール濃度はB図が0ppb、C図が0.5ppb、D図が5ppb。図Eは、オクテノール濃度と嗅覚受容体の開確率の関係 (クリックで拡大) 出典:東京大学/神奈川県立産業技術総合研究所

 なお、オクテノールと結合する受容体は、遺伝子とリポソームを用いる無細胞タンパク質合成系で合成している。「蚊は約100種類の嗅覚受容体を持つとされ、オクテノールと結合する受容体はそのうちの1種類。遺伝子を変えることで、他の嗅覚受容体も合成することができる。将来的には、複数種類の嗅覚受容体を並列化した人工細胞膜に再構成させて、多数の匂い分子を判別できる匂いセンサの開発を進めていく」(研究グループ)とする。

開発した匂いセンサーの説明動画 出典:東京大学/神奈川県立産業技術総合研究所

 呼気からガンなどの病気を発見するためのセンサーなど医療/ヘルスケア分野での応用の他、爆発物の検知や残留農薬の検出などの用途での応用を想定。実用化には、10年ほどかかる見通しだという。

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