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» 2021年08月27日 11時30分 公開

「ムーアの法則」は終わらない 〜そこに“人間の欲望”がある限り湯之上隆のナノフォーカス(41)(1/6 ページ)

「半導体の微細化はもう限界ではないか?」と言われ始めて久しい。だが、相変わらず微細化は続いており、専門家たちの予測を超えて、加速している気配すらある。筆者は「ムーアの法則」も微細化も終わらないと考えている。なぜか――。それは、“人間の欲望”が、ムーアの法則を推し進める原動力となっているからだ。

[湯之上隆(微細加工研究所),EE Times Japan]

半導体の微細化はいつ止まるのか?

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 筆者は、日本がDRAMで世界を席巻していた頃の1987年に半導体技術者になったが(技術者だったのは2002年までの16年間)、それ以来、今日ほど半導体が世界の関心事になったことは無いように思う。ことしに入って、購読している日経新聞に「半導体」の記事が出ない日は無いからだ。

 このように半導体が注目されると、講演やインタビューの依頼が増える傾向にあるが(まったくシリコンサイクルのようである)、その際に必ず聞かれることは、「ムーアの法則はいつ終わりを迎えるのか?」と「半導体の微細化はいつ止まるのか?」ということである。

 筆者が現役の技術者だった1980年代後半から1990年代中旬にかけては、ドライエッチングなどプラズマを使うプロセスによるチャージングダメージが深刻で、半導体の微細化はこれ以上不可能といわれていた。ところが、日本の技術者たちが先駆的研究を行い、その後、日米で徹底的に対策を行った結果、現在に至るまでプラズマによるドライエッチングが使われ続けている。従って、この問題で微細化が止まることは無かった(拙著『チャージングダメージの障壁を乗り越えた日米の情熱』)。

 その後、再び「半導体の微細化はもう限界ではないか?」と言われ始めたのが、ArF露光装置が解像限界に達した2006年頃だったと記憶している(図1)。この時筆者は、同志社大学の経営学の先生であったが、ある半導体関連企業から委託研究を受け、2007年に2カ月かけて世界一周し、当時最先端の微細化に関係しているキーパーソンたちに、「半導体の微細化は何nmが限界と思うか?」という聞き取り調査を行った。

図1:露光装置の原理と歴史(クリックで拡大)

 現在この調査結果を見直してみると、なかなか面白い。そこで、本稿では、「半導体の微細化はいつ止まるのか?」および「ムーアの法則はいつ終わりを迎えるのか?」をテーマに取り上げる。

 まず、2007年に行った調査結果を紹介する。次に、時計の針を現在に進めて、このテーマについて半導体業界がどのような展望を持っているかを、2020年12月に行われた半導体の国際学会IEDM2020のプレナリートーク“Future Logic Scaling: Towards Atomic Channels and Deconstructed Chips”(Sri Samavedam、imec)の講演スライド注)を基に詳述する。

 さらに、現在ロジック半導体の最先端を独走しているTSMCの微細化の動向を分析することにより、「ムーアの法則とは“人間の欲望の法則”である」ことを導く。従って、人間が欲望を持ち続ける限りムーアの法則は終わらず、微細化も(スローダウンはするかもしれないが)原子レベルの行きつくところまで行くという推論を述べる。最後に、ムーアの法則を広義に解釈すれば、例え微細化が原子レベルで止まったとしても、決して「ムーアの法則は終わらない」ことを論じる。

注)imecのSri Samavedam氏に連絡を取り、本稿に講演スライドを使っても良いという許可を得るとともに、コピー可能なPDFを送付頂いた。ここに、Sri Samavedam氏に御礼申し上げたい。

2007年に行った微細化の限界の調査

 2006年頃、ロジック半導体の微細化は、65nmから45nmに進もうとしていた。しかし、その当時の最先端露光装置ArF(現在はArFドライと呼ぶ)が解像限界に達していたが、次世代露光装置の候補であるEUV(極端紫外線)は問題が山積していてR&D装置すら存在しない有りさまだった。そのため、「半導体の微細化はもう終わりではないか?」という空気が半導体業界には漂っていた。

 そのような時、同志社大学の経営学の先生だった筆者は、「半導体の微細化はいつごろ止まるのか?」という委託研究を受け、2007年7〜9月(正味2カ月)にかけて世界一周し、先端半導体メーカー、製造装置や材料メーカー、コンソーシアムの米SEMATECHや欧州imecを訪問して、微細化に関係しているキーパーソンたちに聞き取り調査を行うことになったのである。

 尋ねたのは、ロジックとメモリと別々に、「ハーフピッチ(hp)で何nmが限界だと思うか?」ということである。当時を振り返ってみると、最も微細なメタル配線(M1)のピッチはテクノロジーノードとおおむね比例関係にあったため、上記の質問は「M1のhpの限界は何nmか?」と問うたことになる(図2)。

図2:半導体微細化の推移と将来予測 出典:平本俊郎(東京大学生産技術研究所)『日経新聞「経済教室」』(2019年7月18日)の図に筆者が加筆(クリックで拡大)

 また、メモリについては、NAND型フラッシュメモリが2次元の微細化を続けており、その水準はDRAMより進んでいたため、「NANDフラッシュの微細配線M1(またはゲート長)のhpは何nmだと思うか?」と聞いたことになる。

 そのようにして聞き取り調査を行った結果を図3に示す。A、B…、Zというのは筆者の質問に回答頂いた技術者の通し番号を示している(時間的にA→B→…、Zの順に聞き取り調査が進んだ)。

図3:2007年に調査した時の「微細化の限界は?」(hp、nm) 出典:筆者の調査による(クリックで拡大)

微細化の限界はあっさり打破された

 結果を見ると、ロジックではhp45nm、メモリではhp32nmが限界と答えている技術者が少なからずいる。この微細化の限界は、ArFドライを延命したArF液浸およびダブルパターニング(Self-Aligned Double Patterning、SADP)などの技術によりあっさり打破されていくのだが、「液浸のようなややこしい露光装置は立ち上がらない」とか「SADPで微細化しても歩留りが上がるはずがない」と考えていた技術者が相当数いたということである。

 そして、特筆すべきは、世界一周の最後に訪問したTSMCでの聞き取り調査である。筆者は、TSMCの知り合いに連絡し、Directorクラスを5〜6人集めてもらった。筆者は台湾の新竹にあるTSMCの会議室で、直前までの聞き取り調査結果(AからX)をスライドに投影した。

 すると、集まってくれたTSMC関係者は全員、大爆笑したのである。その上で、「どこのどいつが、hp45nmとかhp32nmが限界などと間抜けなことを言ってるの? 俺たちもう既に22nmの開発やってんだけど?」と言われた(英語と台湾語がごっちゃになっていたので正確に聞き取れたわけではないが、多分そんなニュアンスだったと思う)。そして、その中の2人が質問票に回答してくれて、ロジックもメモリも、Y氏は「hp16nm」、Z氏は「hp10nm」辺りが限界だろうと予測された。

 TSMCが2018年から量産している7nmのM1がhp18nmくらいで、2020年に量産が立ち上がった最先端の5nmのM1がhp16nm付近だと思う。従って、Y氏の限界説は2020年に打破され、残るZ氏のhp10nmについては、リスク生産が始まった3nm、その次を予定している2nmでその限界に接近し、さらに次の1.5nm〜1nmが実現したら、限界が破られることになる。

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