広島大学は、放射光を活用した角度分解光電子分光実験により、クロム酸化物「Cr2O3」とグラフェンの接合界面にスピン偏極した電子状態が存在することを確認した。反強磁性体磁気メモリとスピントランジスタを直結した新しいデバイスの開発が期待される。
広島大学大学院理学研究科のHou Xueyao氏(博士後期課程3年)と広島大学放射光科学研究センターの沢田正博准教授を中心とする研究グループは2022年7月、放射光を活用した角度分解光電子分光実験により、クロム酸化物「Cr2O3」とグラフェンの接合界面にスピン偏極した電子状態が存在することを確認したと発表した。反強磁性体磁気メモリとスピントランジスタを直結した新しいデバイスの開発が期待される。
高速アクセスと省電力動作を可能とする新しい記録素子として、薄膜化したCr2O3を用いる反強磁性体磁気メモリなどの研究が進んでいる。記録媒体が反強磁性体であるため、メモリ素子から漏えい磁場が発生することもなく、高い安定性と信頼性が得られるのも大きな特長である。
高速動作と省電力化に向けては、演算回路素子もソースとドレイン電極に強磁性体を配置した「スピントランジスタ」の研究が進んでいる。なかでもチャネル材料をグラフェンに置き換えた「グラフェンスピントランジスタ」が注目されているという。また、磁気メモリとスピントランジスタを直結する研究も始まっている。これによって情報転送に費やされる電力と動作時間を大幅に節約することが可能になるとみられている。
研究グループは今回、反強磁性体磁気メモリとグラフェンスピントランジスタを直結したデバイスの実用化を目指す研究に取り組んだ。まず、Cr2O3とグラフェンを接合した界面について、微視的な原子配列を検討し、その接合界面に生じる電子状態の解析を行った。そして、第一原理計算と放射光による分光実験を組み合わせることで、界面電子状態を発見したという。
具体的には、グラフェンの原子配列と格子整合をした数原子層のCr2O3結晶構造モデルを検討し、界面モデルを絞り込んだ。そして、Cr2O3層が酸素層で終端をする界面モデルについて、第一原理計算により電子状態を予測した。この結果、Cr2O3のバンドギャップ内に、クロム原子の3d軌道に由来する新たなスピン偏極電子状態(in-gap状態)が形成され、これがグラフェンのπ軌道と混成して界面に局在することを見いだした。
このin-gap状態が存在することを確認するため、グラフェン上にCr2O3をヘテロエピタキシャル成長させた人工積層構造を製作し、放射光を用いて角度分解光電子分光の実験を行った。この結果、Cr2O3バンドギャップ内のフェルミ準位近傍に、クロム原子の3d軌道に由来するバンドが存在することを実際に確認したという。
今回の研究では、in-gap状態とこれを実現する界面構造を明らかにした。実験に用いた積層試料には、部分的に異なるタイプの界面構造が見受けられた。今後は、in-gap状態が形成される界面だけを、選択的に成長させることができる薄膜作製技術の開発に取り組む計画である。
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