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「お金がなくてもそこそこ幸せになれるのか」を宗教と幸福感から真剣に解析してみる「お金に愛されないエンジニア」のための新行動論(10)(5/9 ページ)

» 2023年01月16日 10時30分 公開
[江端智一EE Times Japan]

『大切なものは目には見えない』は数値で導き出されていた

 さて、ここからが本論です。人間関係が絶望的に希薄な私は、定年退職後に社会的に孤立することは、ほぼ確定です。普通、そのような自分の未来をシミュレーションすることは難しいです。しかし、今回、私は、人類史上、非常にレアなケースに直面することができたのです ―― コロナ禍です。

 私たちは、ウイルス感染防止のために、強制的に物理的な交流を断ち切られた世界を、この目で見るチャンスを得ることができました。コロナ禍がもたらした影響については、「「新しい資本主義」をエンジニア視点で考えてみる」で持論を展開していますので、興味のある方はご一読ください。

 今回は、引用論文の内容の中でも、特に「屋外活動」に関して考えてみたいと思います。

 まず、屋外活動が、主観的幸福度に「影響」を与えていることについては、議論の余地はないようです。

 ただ、単なる屋外活動では足りない、ということも分かっています。屋外活動が人間に満足を与えるためには、屋外活動の中に、さまざまな要件が入っていることが必要なのです。

 旅行の目的(キャンプなどのイベント)は正の影響を与えますし、アクシデントは負の影響を与えます。またバスの移動一つとっても、清潔さやプライバシー、風景によっても影響度は変わりますし、さらには、歩行ですら、混雑、空気、歩行途中で目にするものなどで、影響されることが分かっています。

 ただ、ここでは単なる「満足」を調べているのであって、「主観的幸福度」との関係にまで至っていません。

 ですが、次の研究結果では、満足が連続される状態が続くことで、主観的幸福度を高める、との結論に至っています。

 と、ここまでが、既往研究についてのザックリした説明になります。

 さて、この論文を作成した著者の目的は、「外出さえすれば、それだけで本当に幸せになれるの?」という問いかけです。著者は、「外出といったって、その内容によっては、幸せにならないケースだってあるんじゃないの?」というテーゼを掲げて、調査に乗り出しています。

 著者は、日常的な移動(外出)の内容を分類化し、その上での「満足」と「幸福」を調べる試みをしています。

 特に、自家用車の利用については「感情的な利用(レジャー、映画、外食目的など)」と「義務的な利用(子供の学校や塾の送り迎え、通勤など)」について、1330人のアンケート結果を使って分析を行っています。

 上記の表は、それぞれの項目間の相関を示しています。値が大きいほど相関が強くなり、マイナスは逆の相関になっていることを示しています。

 結論を3つのフレーズでまとめると、

(A)義務的な外出は、”満足”や”幸せ”どころか、”苦痛”ですらある

(B)自家用車を所持していることは、”満足”と関係がない

(C)(しかしながら)自動車を所持していることは、”認知的幸福”と強い関係がある

となります。

 つまり、―― (自家用車の所持は)“満足”を満たさないが、”幸せ(認知的幸福感)”に貢献している、という結論になります。

 これは、哲学的アポリア(難問)の一つでもあり、あるいは、サン・テグジュペリ先生の「星の王子さま」の超有名なセリフでもある、『大切なものは目には見えない』を、数値と解析で導出した稀有な事例である、と実感しました。

 では、今回参照したこの論文の結論をまとめたいと思います。

 つまり

(A)外出が、幸せに貢献していることは間違いないが、その一方、

(B)外出の道具(自家用車)の使用が満足をもたらしているとも言えない。しかしながら、

(C)自家用車が人生の幸福度を上げているのは間違いない、

ということになります。

 これらを乱暴にまとめると、「非日常的な外出アクティビティーを、継続すること」が、人生の幸せに貢献する、ということは間違いなさそうです。

 そして、私が、今の私や未来の私に贈るメッセージとしては、「身体的老化だの、気力の低下だの、交友関係の消滅だの」と、

―― 先走っていろいろ考えないで、まずは家の外に出ろ。そして何かやれ。そんでもってそれを続けろ

ということなのかなぁ、と思っています。

 私に関して言えば、「ラクラク隠居」などという似合わない老後設計でなく、「退職後、どんな職種の仕事であれ受け入れて、体が動く限り働き続ける」ことが、最も簡単な老後の幸せの獲得方法である、と理解しました。

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