後輩:「江端さんの『”主観的幸福感”に驚いた』 ―― というのが、よく理解できません。幸福が主観的である、というのは『当たり前』じゃないですか?」
江端:「そこじゃない。私が驚いたのは、主観的であるはずの幸福を、数値化して分析しようとする研究が、既に40年近くも前から存在していた、という事実だよ。
コンビニの本棚に並んでいる、『幸せになるためのたった3つの方法』などいったような、データの一つもない著者の主観をほえつらねただけの本ではなく、膨大なデータと分析に基づき、科学的なアプローチで、客観的に「主観的な幸福感」の研究がされ続けてきた、ということを知って、本当にびっくりしたんだよ」
後輩:「ああ、そういうことでしたら、理解できました。加えて、この話(主観的幸福感)は大変勉強になりました」
後輩:「今回、私が感心したことの一つは、仏教、ヒンズー教、および東アジアにおける宗教が、教義を離れて日常生活の基盤として取り込まれている、という指摘ですね」
江端:「国際的に評価が高いと言われている(のかな?)わが国の治安は、神道や仏教によって暗黙的に維持されている、とも言えるかもしれないなぁ*)」
*)江端のお勧めはコチラの2冊です → 「もぐらと奈加ちゃんが「日本人のヘンな習慣」について考えてみた。」「もぐらと奈加ちゃんが日本の神様にツッコミ入れてみた」
後輩:「そうですね。神道については、明治政府が大日本憲法を制定するために、『国家神道』というようなものを作上げて、それが"戦争の道具”として使われたことからネガティブイメージがあるけど、そもそも神道や仏教は、意識されないレベルで『法律』と同格ですからね」
江端:「ある意味、イランや、アフガニスタンのタリバンのようなイスラム法による政教一致よりも、わが国の方が、ずっとスゴいのかもしれない」
後輩:「仏教を信仰していた厩戸皇子(聖徳太子)の有名な『和を以て貴しとなす』を、現代風に言い代えれば『”同調圧力”バンザイ』ってことですからね」
江端:「それはそうと、今回、『宗教とウェルビーイング』について書いていたのだけど、『カルトとウェルビーイング』について、日本語の論文サーチ(by Google Scholar)をやってみたのだけど、文献数が少なくて、びっくりしたよ」
後輩:「あのね、江端さん。江端さんは、『カルトって、もしかしたら幸せじゃね?』というテーマの論文を、採択して掲載することができる学会が、日本にあると思いますか?」
江端:「いやいや、学問は、世俗や権力から独立して存在するものなのだから……」
後輩:「そこが江端さんの、甘い認識ですよ。『カルトって、もしかしたら幸せじゃね?』は、どう考えても、人文科学の領域です。人文科学研究のスポンサーと言えば誰ですか?」
江端:「少なくとも民間企業ではないな。とすれば、……政府、文部科学省、…… ああ、『国』?」
後輩:「そう、人文科学のパトロンは『国』です。国にまったく無関係か、忖度する研究が多くなるのは仕方がないことかと。自由な研究がしたければ、中世ヨーロッパあたりであれば、貴族に保護してもらうとか、あるいは、自分自身が不労所得者でもない限り、不可能です」
江端:「そういえば、『種の起源』を執筆したダーウィンって、たしか、金持ち一族の不労所得者だったっけ? 民衆(特にキリスト教徒)や国家からディスられても全く構わない、という立場でもない限り、”進化論”などというパラダイムは唱えられないよな」
後輩:「人文科学などの場合、日本にいくつかある「○○大学の△△先生の考え方」というカテゴリーに属していないと、そもそも学術論文を受理してもらえない、という事情などもあるようです」
江端:「スクール(派閥)……だねえ。私たち、本当に好きだよね、”派閥”」
後輩:「ところで、『カルトとウェルビーイング』の話に戻りますが、これ『カルト』というより、既存の宗教、特に、仏教界に問題があると思うんです ―― これ、実際に、私が京都にいたときに仕入れた情報なのですが、『今、20〜30代のお坊さんたちは、スゴい危機感を持っている』そうです」
江端:「なんで?」
後輩:「今や、仏教は、葬式、お盆、命日のイベントメーカーとしてしか機能していなくて、本来、人々の心のケアを行うシステム(カウンセラー)としての仕組みが消えつつあるからです。本来、宗教の目的は、人々の心の救済 ―― 江端さんの主張する『ウェルビーイングの維持・向上』 ―― ですが、もう、この機能として、アテにされなくなっている、のです」
江端:「なるほど。それが、あの『職名だけの”スクールカウンセラー”*1)』や『こころの電話相談室』に移行している、と。だけど、あれって、有意な成果があがっているかどうかは、分からないぞ*2)」
*1)この『職名だけの"スクールカウンセラー"』の話については、いずれどこかで話をさせてください。
*2)ざっくり調べましたが、データを見つけられませんでした。
後輩:「いずれにしても、仏教が、その役割から除外されているのは事実のようです。若いお坊さんたちも、いろいろと努力されているようですが ―― カルトの方が一枚上手、というのも事実なのです」
後輩:「今回のコラムのこの図を見ていて、このツイッターのセリフ『実生活で愛されて満たされてる女はSNSに自撮りなんてアップしない』を思い出しました」
江端:「これは……『SNSは、カルト宗教の一態様』という理解でいいのかな?」
後輩:「というよりは ――
『カルト宗教信者の予備軍が、世の中に、こんなにもたくさんいる』
ということの証左と考えるべきだと、私は思います」
江端智一(えばた ともいち)
日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。
意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。
私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「こぼれネット」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。
本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。
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