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なぜTSMCが米日欧に工場を建設するのか 〜米国の半導体政策とその影響湯之上隆のナノフォーカス(58)(2/5 ページ)

» 2023年01月19日 12時00分 公開

米CHIPS法の成立

 「2020・5・14」から2年以上が経過した2022年8月9日、米バイデン大統領が半導体の国内製造を促進する法律「CHIPS and Science Act」(CHIPS法)に署名し、同法が成立した。CHIPS法には、米国の半導体製造や研究開発への527億米ドルの補助金などが盛り込まれている。

 この補助金を受け取る対象となっている主な半導体メーカーを図3に示す。

図3 米CHIPS法における補助金の主な候補メーカー[クリックで拡大] 出所:SIA;“The CHIPS Act Has Already Sparked $200 Billion in Private Investments for U.S. Semiconductor Production”(Dec 14, 2022)等を基に筆者作成

 米Intelは、アリゾナ州とオハイオ州に、それぞれ200〜300億米ドルを投資して、プロセッサ工場とファウンドリーを建設する。米国政府に招致されたTSMCは、当初アリゾナ州に120億米ドルを投じて月産2万枚の5nmのファウンドリーを建設する予定だった。ところが、「2022・10・7」規制発表後、5nmではなくその改良版の4nmを量産することに変更するとともに、3nmの第2工場も建設することになった。月産キャパシテイは5.5万枚となり、投資額は3.3倍の400億米ドルに増額される。

 一方、ファウンドリー分野でTSMCに追い付きたいともくろむSamsungは、テキサス州に170億米ドルを投じて3nmのファウンドリーを建設する。また、SK hynixを含むSKグループは、半導体のR&Dセンターやクリーンエネルギーなどに合計220億米ドル投資する計画である。

 Intelなどの発表によれば、100億米ドルにつき30億米ドル分を補助金で賄うことができるという。従って、これらの半導体メーカーは、何としてもCHIPS法による補助金が欲しいわけである。

「後出しじゃんけん」で出てきた『ガードレール』

 ところが一つ大きな問題が浮上した。その問題とは、CHIPS法と同時に、「CHIPS法は、コストを削減し、雇用を創出し、サプライチェーンを強化し、中国に対抗する」と題したファクトシートが発表され、それには、強力な『ガードレール』がついていることが明らかになったことにある。

 その『ガードレール』では、米国半導体産業の競争力を保護することを確実にするため、「補助金を受ける企業はその後10年間、中国の最先端のチップ製造施設(28nm以降)に投資/拡張することを禁じている」のである。

 この『ガードレール』によって、中国南京工場で40〜16nmのロジック半導体を生産しているTSMC、中国西安工場で3次元NAND型フラッシュメモリを生産しているSamsung、中国無錫工場でDRAMを生産し、Intelから買収した中国大連工場で3次元NANDを生産しているSK hynixは、CHIPS法に基づいて補助金を受け取った場合、向こう10年間、上記の中国工場に一切の投資ができなくなる(1年間の猶予を与えられたが、本質的な解決策にはならない)。

 この中で、TSMCにおける中国南京工場の割合は同社の10%にも満たないが、Samsungの西安工場で生産する3次元NANDは同社の約40%を占める。また、SK hynixの大連工場で生産する3次元NANDは同社の約30%、無錫工場で生産するDRAMは同社の約50%を占める。

 もし、SamsungとSK hynixがCHIPS法による補助金を受け取ってしまうと、中国にあるメモリ工場に先端投資も増産投資もできなくなる。半導体メモリは、2年で一世代先端に進むことにより競争力を維持している。そのため、メモリメーカーに「投資するな」というのは、「死ね」と言われるに等しい。従って、これら韓国メーカーは、中国から撤退することも検討せざるを得ない状況に陥った。

 ところが、これら韓国メーカーは、中国に巨大な市場があり、中国政府から要請を受け、中国の優遇措置の元でメモリを生産している。それ故に、容易に撤退することもできない。要するに、SamsungとSK hynixは、米中の綱引きの中で極めて難しい選択を迫られている……と思っていたら、その後、米国から有無を言わせぬ厳しい対中規制が発表された。

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