メディア

なぜTSMCが米日欧に工場を建設するのか 〜米国の半導体政策とその影響湯之上隆のナノフォーカス(58)(3/5 ページ)

» 2023年01月19日 12時00分 公開

2つ目のターニングポイント「2022・10・7」

 2022年10月7日、米国が中国に対して、これまでとは次元の異なる厳しい輸出規制「2022・10・7」を発表した。以下には、特に半導体製造に関する輸出規制等を示す(注1)

  1. 「2022・10・7」規制における米国の狙いは、軍事技術に使われる恐れがある中国のスパコンやAI半導体の開発を抑え込むことにある。
  2. まず、中国のスパコンやAIに使われる高性能半導体の輸出を禁止する(NVIDIAのGPUやAMDのCPUはもちろん、米国外で米国の技術を使って製造された半導体も含まれる)。
  3. また、中国が先端半導体を開発・製造できないように、米国の装置(その部品や部材も含む)の輸出を禁止し、米国人(幹部、技術者、フィールドエンジニア等)が関わることを禁止する。
  4. 特に、今まで注目されなかった半導体成膜装置に規制の網をかけた。規制に該当する成膜装置を輸出する場合、米政府の許可を得なくてはならない(先端半導体メーカー向けか、非先端メーカー向けかは関係ない)
  5. 加えて、中国の半導体製造装置メーカー向けへ米国製の部品や材料等を輸出することを禁止する。その装置メーカーが、先端半導体向けかどうかは一切関係ない。
  6. 中国にある外資系半導体メーカー(TSMC、Samsung、SK hynix)にも規制を適用する。

 ここで、「3」における先端半導体とは、16/14nm以降のロジック半導体、ハーフピッチ18nm以降のDRAM、128層以上の3次元NANDと定義されている。これに該当する中国の半導体メーカーには、ファウンドリーのSMIC、DRAMのCXMT、3次元NANDのYMTCの3社がある。

 これら先端半導体メーカーに対しては、米国の装置メーカーのアプライドマテリアルズ(AMAT)、ラムリサーチ(Lam)、KLAの装置の輸出が禁止される。また、米Cymerが光源を製造しているASMLの露光装置も輸出禁止となる可能性が高い。さらに、米国の同盟国である日本の東京エレクトロン(TEL)の装置も輸出禁止になるかもしれない。

注1)一般財団法人 安全保障貿易情報センター(CISTEC)の以下の文献を参考にした。
・「米国による対中輸出規制の著しい強化の全体概要図(22.10.7公布)」(2022.11.21/2022.12.14改訂版)
・「米国が著しく強化した対中輸出規制についての補足的QA風解説(改訂2版)―「準有事」の安全保障輸出管理の局面に」(2022.10.21/2022.11.11改訂2版)
・「米国による対中輸出規制の著しい強化(22.10.7)のその関連動向―半導体関連企業等36企業をEntity List掲載し、6割に直接製品規制を適用」(2022.12.26)

「2022・10・7」規制の中国半導体産業への影響

 図4に各種の前工程装置の企業別シェアを示す。米日欧の装置メーカーが各種分野でシェアを独占していることが分かる。このような中で、「2022・10・7」規制はどのような影響をもたらすのか。

図4 各種の前工程装置の企業別シェア(2021年)[クリックで拡大] 出所:野村証券のデータを基に筆者作成

 まず、SMIC、YMTC、CXMCなどの先端半導体メーカーは、工場の新増設が不可能になる。先端でなければ可能かというと、その道も閉ざされている。というのは、先端半導体メーカーに対しては、非先端向けの装置の輸出も禁止されているからだ(オフィス家具もダメという徹底ぶりである)。

 次に、前節の「4」にあるように、半導体成膜装置を輸出する場合、米政府の許可を得なくてはならない。図4で言うと、AMATとLamのCVD装置(合計シェア66.2%)、AMATのスパッタ装置(シェア86%)がそれに該当する。そして驚くべきことに、これら成膜装置について、材料(Cu、Co、Ru、TiN、W等)、プロセス条件(圧力、温度、ガス等)、膜厚に至るまで、非常に詳細なところまで規定がある。今のところ、禁輸ではなく許可制であるが、いつ禁輸になってもおかしくないように思われる。

 これまでの米国の対中規制は、「16/14nm以降を製造可能な装置は禁止」というように、主に微細化に焦点があった。ところが、「2022・10・7」規制では、微細加工に関係する露光装置やドライエッチング装置だけでなく、成膜装置にも規制の網をかけようとしている。もし成膜装置の輸出を申請しても許可が下りなければ(そうなる可能性が高そうであるが)、中国の半導体メーカーは(先端はもちろん、もしかしたら非先端も)工場の新増設が困難になる。そのようなことになったら、冒頭の図1で示した、2021〜2023年に建設着工される中国の半導体工場の多くは装置が導入できず、半導体が製造できなくなるだろう。

 さらに、「2022・10・7」規制によって、米国製の各種装置の消耗パーツの輸出が禁止され、米国人のフィールドエンジニアが装置の稼働をサポートすることもできなくなった。

 例えば、シリコンウエハーを月産10万枚製造する規模の半導体工場には、各種の装置が500〜1000台以上稼働している。これらは全て精密装置であるため、各装置メーカーのフィールドエンジニアがトラブル対応や定期的なメンテナンスを行わなければ正常稼働ができない。

 そのフィールドエンジニアがいなくなり、消耗パーツも入手できないとなると、装置はやがて止まる。それは、半導体工場が停止することを意味する。つまり、「2022・10・7」規制は、現在稼働中の中国の半導体工場を停止させてしまう可能性があると言える。

 では、中国が国産の装置を開発して半導体を製造できるかというと、それも難しくなった。前節の「5」にあるように、中国の装置メーカーへの米国製の部品や材料の輸出が禁止された。これによって、部品を輸入に頼り、技術指導をしていたASMLのエンジニアが撤収した中国露光装置メーカーのSMEEは、その開発が頓挫した(日経新聞、2022年12月22日、「[FT]米国の対中国禁輸リスト、新興半導体企業を狙い撃ち」)。恐らく、多くの中国の装置メーカーが、SMEEと同様に装置を開発できなくなる可能性が高い。

 米ロイターは2022年10月8日、「2022・10・7」規制について、「米国の技術を利用する米国内外の企業による中国の主要工場および半導体設計業者への支援が強制的に打ち切りとなり、中国の半導体製造業が立ち行かなくなる可能性がある」と報じている

 冗談でなく、「2022・10・7」規制は、中国半導体産業の息の根を止めてしまうかもしれない。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.