ディスクリート市場は、2023年1月実績が同0.6%増、2022年12月の同4.8%増から下がっている。もう少し細かく見てみると、1W未満の電流制御に使われる小信号トランジスタは2023年1月が同31.5%減、2022年12月の同25.6%減からさらに下落した。1W以上の電流制御に使われるパワートランジスタは2023年1月が同13.9%増、2022年12月の同16.1%には及ばないものの、好調に推移している。
ディスクリートはいずれも汎用性の高い半導体で、多様なアプリケーションで使われるため、やはり仮需が発生しやすい製品である。小信号トランジスタの需要が急増した2021年は、「全てのアプリケーションで需要が増えていて、異常事態に見える」などといわれていた。これは仮需が膨らんだ典型的な現象といえるだろう。2022年12月〜2023年1月の落ち込みは、その仮需が消滅した結果と推察される。
一方のパワートランジスタもさまざまなアプリケーションで使われるが、自動車の電動化で車載需要が急増している点が小信号トランジスタとは異なる。つまり仮需ではなく、実需が急増しているのだ。自動車の納期はガソリン車よりもハイブリッド車の方が長い、という現状からも、パワートランジスタの争奪戦が繰り広げられていることが推察できる。恐らく、自動車メーカーにとってパワートランジスタの調達が生産のボトルネックになっている、とみて間違いないだろう。
この業界でトップシェアを誇るInfineon Technologiesが、パワートランジスタ専用の300mmウエハー生産ラインを2021年から稼働させる計画だったが、これが2022年になっても立ち上がらなかったことは、パワートランジスタ不足の最大要因ではないだろうか。言い換えれば、同ラインの量産が開始されることで、不足問題は大きく改善されるものと筆者は期待している。
昨今ではマクロ経済の動向についても明るいニュースが少なく、電子機器の需要が低迷すれば半導体需要も低迷する、という当たり前の現象が起きている。当然、自動車業界もこの悪影響を受けるはずだが、現時点では各自動車メーカーとも「半導体不足で、作りたくても作れない」という異常事態が継続している。既に述べたように、この不足問題は2023年前半に終息する、と筆者は予測している。だが、半導体が不況になっているのに不足問題が残っている、という不思議な現象は今までに見たことがなく、多くの関係者もさぞ混乱していることだと思う。
自動車業界に関していえば、CASEという大きな変革が自動車メーカーのビジネスモデル、プレイヤーの勢力図を変え、全く新たなサプライチェーンが形成されようとしている。この変革には半導体業界も大きく関与していて、車載半導体の実態も大きく変化することは間違いないだろう。現時点での不思議な現象など、まだまだ序の口かもしれない。今後の大変革に備えて、関係各社はCASEに振り回されるのではなく、自分からCASEを武器に振り回すくらいの戦略を立てる必要があるだろう。
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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