今回は、複雑で抽象的な存在である「におい」を定量的に評価する手法を取り上げる。
電子情報技術産業協会(JEITA)が3年ぶりに実装技術ロードマップを更新し、「2022年度版 実装技術ロードマップ」(書籍)を2022年7月に発行した。本コラムではロードマップの策定を担当したJEITA Jisso技術ロードマップ専門委員会の協力を得て、ロードマップの概要を本コラムの第377回からシリーズで紹介している。
本シリーズの前回からは、第2章「注目される市場と電子機器群」の第3節(2.3)「ヒューマンサイエンス」の第3項(2.3.3)「人間拡張」から7つ目の項目「2.3.3.7 嗅覚」の概要を紹介している。前回では「嗅覚」の基本的な存在意義(危険の感知)と「におい」の元となる化学物質と「におい」を感じる仕組み、それから「におい」が主観的で曖昧かつ複雑な存在であることを説明した。今回は複雑で抽象的な存在である「におい」を定量的に評価しようとする技術をご紹介する。
化学物質の濃度で感覚の鋭敏さを表現すると、嗅覚は味覚よりもはるかに敏感だといえる。ヒトが「におい」を感知できる最小の濃度(何のにおいかは不明だが臭う濃度)を「嗅覚閾値(きゅうかくいきち)」と呼ぶ(「検知閾値(けんちいきち)」と呼ぶこともある)。嗅覚の閾値は味覚の閾値に比べるとはるかに低く、言い換えると感度が高い。味物質の閾値は一般的にppm(100万分の1)よりも高い。これに対してにおい物質の閾値はppb(10億分の1)〜ppt(1兆分の1)と低いことが少なくない。
においを生じさせる化学物質の種類によって嗅覚閾値は大幅に異なる。嗅覚閾値の事例(公益社団法人 におい・かおり環境協会のウェブサイトから引用)を挙げると、腐った魚のにおいを構成する成分であるトリメチルアミン(trimethylamine)は、嗅覚閾値が32pptと極めて低い。一方で刺激的なにおいで知られるアンモニアは、嗅覚閾値が1.5ppmとかなり高い。
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