では、キオクシアはこれからどうなるのか。内部事情の分からない筆者としては、起こり得る可能性のある選択肢を整理しながら、独断で見解を述べてみたいと思う。
この選択肢は、当然のように残されているはずである。ただし、IPOにはNANDフラッシュ市況の回復が不可欠だ。キオクシア株の過半を保有するベインキャピタルは一刻も早くキオクシア株を手放して投資資金を回収したがっていると思われ、NANDフラッシュ市況の回復を待ってIPOの実現を待つ、という気長な姿勢を保てるのかが気になる。キオクシア自身もリストラを余儀なくされている状況下にあるし、WDも現状のままでは経営が厳しくなる一方だろう。各社にとってあまり時間的に猶予のない状況だからこそ、合併話が出てきたのではないだろうか。
キオクシアおよびWDからは、この件に関する正式なコメントは発表されていないが、Bloombergなどのメディアが複数回にわたって、しかも関与する銀行名や詳細な金額まで記して報道しているので、統合プラン自体は間違いなく存在するだろう。ここで気になるのは中国政府である。先日のIntelによるTower Semiconductor買収の案件でさえ、中国は許可を出さなかった。本件にも当然、許可は出さないと思われる。ただ、仮に米国政府が中国政府に何らかの条件を提示しているとしたらどうだろう。もちろん、筆者のような部外者が確認できる話ではないが、本件が中国政府からの妨害を想定せずに進められているはずがない、と思えるのである。
東芝はキオクシア株を40.64%保有しているが、東芝自身が株式公開買い付け(TOB)の成立によって、2023年内にも非上場化される見通しとなっている。東芝の半導体部門は、ロームが3000億円を拠出して事業統合を図ろうとしているが、新体制はパワーデバイスを中心とした建て付けで、キオクシアとは狙うべきアプリケーションが大いに異なるだろう。そうなると、東芝は保有するキオクシア株を手放す可能性は十分にあることになる。ただ、東芝がキオクシア株を誰に売却するのかによって、そのシナリオは大きく変わり得る。相手によっては中国政府が許可しないだろうし、それを封じ込めるためには米国政府の同意を得られる内容でなければ実現が難しいのではないだろうか。
今回のメモリ不況では、Samsungの半導体部門が14年ぶりの赤字を計上するなど、すべてのメモリメーカーが赤字に転落している。ちなみに前回のメモリ不況は2019年に発生していて、この時はSamsung、SK Hynix、Micronの3社は黒字を維持できたが、キオクシアとWDは大赤字を計上していた。それだけ今回のメモリ不況が深刻だ、ということなのだが、DRAM事業の方がNANDフラッシュより収益が安定している、という点に着目する必要がある。
すでに述べたように、DRAM市場は3社に寡占されているので、5社に寡占されているNANDフラッシュ市場に比べて、ある意味需給バランスを制御しやすい、と言えよう。
非常にデリケートなポイントなので、言葉を慎重に選ぶ必要があるが、DRAMを持つ3社にしてみれば「NANDフラッシュ市場も同様な状態に持ち込みたい」「そうした方がNANDフラッシュの収益も安定するのではないか」と考えたとしても何ら不思議はない。
もちろん、ユーザー側にしてみれば、それはとても好ましくない状況だろう。供給者の数が多ければ調達の選択肢は広がるし、それだけ調達戦略を立てやすくなる。例えばAppleは、競合スマホであるGalaxyシリーズを展開するSamsungからは極力部品供給を受けたくないはずである。実際にキオクシアは売り上げの約4分の1がApple向けで、Appleにとってもキオクシアは極めて重要なNANDフラッシュ供給者なのだ。そのキオクシアがWDと統合すると、NANDフラッシュ供給者は実質的に5社から4社に減少する。ユーザーにとって、調達の選択肢が減ることになるのだ。
懸念されるのはそれだけではない。経営環境が厳しいのはキオクシアだけでなく、WDも同様である。この2社が統合したところで、DRAMを持たないNANDフラッシュだけのメモリ事業、という業態に変化はなく、DRAMを持つ3社に比べて投資負担が相対的に大きい。中長期的な見通しに不安を感じるのは、筆者だけではないだろう。「Micronが統合した2社を買収するのではないか」というウワサが絶えないのは、NANDフラッシュしか持たないメーカーに対して、多くの業界人が不安を感じているためではないだろうか。Micronはかつてエルピーダメモリを買収したことによって、広島県に大きな生産拠点を持っている。キオクシアとWDの統合会社を買収すれば、キオクシアの四日市(三重県)と北上(岩手県)の生産拠点も手に入れることができる……。これらは、あくまでもウワサレベルの話である。具体的な動きが確認できているわけではないので、これ以上は筆述をはばかるが、今後起こり得るシナリオの1つとして、記憶には留めておいた方がよいかもしれない。
以上、キオクシアの今後の動向について、ウワサ話を含め、好き勝手なことを申し上げてきた。キオクシアが米国資本に飲み込まれる可能性は決して低くない、というのが筆者の率直な見立てである。キオクシアにはIPOを目指してもらいたい、というのが筆者の望みだが、WDとの統合話が持ち上がってきたということは、時間的な猶予があまりなく、半導体にどんどんカネをかけようとする米国資本のスタンスが優先されそうな状況を物語っている。
果たして、日本政府はこの状況を容認しているのだろうか。キオクシアが米国資本の傘下に入っても、日本の雇用が守られればよい、と割り切っているのかもしれない。日本の半導体産業にとって、本当に最善手なのか、米国にばかり有利な選択ではないのか。「Micronの広島工場は、買収直後から全社内での生産比率が下降している」という指摘もある。読者の皆さんは、現状をどのようにお考えだろうか。
慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。
1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。
2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。
2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。
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