表1は、2015年に初代が発売されてから、毎年新機能を追加しながら進化し続けているApple Watch Seriesの頭脳と心臓部の様子である。多少の変化(生体センサーのLEDおよびフォトダイオードの個数の増減、SiPの凸凹形状の変化など)はあるものの、基本的な構造は同じまま進化している。
「S1」から「S3」までは、センサー構造もSiP形状もほぼ同じ。S1からS3を第1カテゴリーとすると、「S4」と「S5」はほぼ同じ構成、形状となっていて、第2カテゴリーとなる。「S6」から「S9」までが第3カテゴリーで、ここでは生体センサーがほぼ同じ構成である。SiP形状は「S8」と「S9」がほぼ同じ。
このように、S9では、生体センサーとSiPの外観は、S8とほぼ同じように見える。だが、SiPの内部は大きく異なる。S6〜S8までは、SiP内部のプロセッサは同じものが使われていた(シリコン上型名「TMLI30」)が、S9 SiPでは新プロセッサS9(シリコン上型名「TMQW67」)に置き換えられている。
Appleの発表によれば、S9プロセッサのトランジスタ数は56億個だ。これは、S8のプロセッサに比べて60%多い。さらに、4コアのNeural Engineが搭載され、エッジAI(人工知能)処理の機能が大幅に進化したものになっている。S8までのプロセッサのシリコンサイズと、S9のシリコンサイズはほぼ同じだ。同等サイズで機能が大幅に進化しているので、S9には、ほぼ最先端の製造プロセスが採用されていることが明らかである。
図3は、S9 SiPのモールドを除去して全チップを開封した後の、配置復元の様子である(シリコンは裏面実装されているので、この図で示しているチップは、実際の配置とは反転したものになっている)。図3のSiPはWi-Fiモデルのものなので、LTEセルラーモデルでは、SiP右上のコンデンサーが並ぶエリアに、LTEモデムや通信用パワーアンプが並んでいる。冒頭で述べたスケーラブルデザインは、ここまでは採用されていない。プロセッサS9が、スケーラブルデザインとなっているので以降報告する。
本連載「この10年で起こったこと、次の10年で起こること」の第74回、「1つのCPUを作って完コピ、Appleの理想的なスケーラブル戦略」の報告をご覧いただきたい。そこではCPUやGPUを“コピペ”し、「A15 Bionic」をベースにM2、M2 Pro、M2 Maxが作られていることを報告した。実際には、4チップはほぼ同時に開発されたものと思われるが、発売順に“コピペ”と表現した。
いずれにしても、1つのコアを手間をかけて開発し、十分なテストを行い、数の増減によってハイ/ミドル/ローを作るだけでなく、AシリーズとMシリーズなど、シリーズをまたいで内部コアを共通化させている。スマホのAシリーズプロセッサをベースに、機能を倍々化してMシリーズを作り上げているわけだ。一貫した「教科書的なスケーラブル」である。開発費用の削減だけでなく、テストやソフトウェアの共通化など利点だらけと言っていい。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.