名古屋大学と九州大学の研究チームは、有機EL材料の発光効率を高める新たな量子機構を発見した。開発したシミュレーション法を活用すれば、高性能なTADF(熱活性化遅延蛍光)分子を、効率よく開発できるとみられる。
名古屋大学と九州大学の研究チームは2024年2月、有機EL材料の発光効率を高める新たな量子機構を発見したと発表した。開発したシミュレーション法を活用すれば、高性能なTADF(熱活性化遅延蛍光)分子を、効率よく開発できるとみられる。
有機EL素子では、発光分子の75%が非発光性の「励起三重項状態」となり、発光量子効率を低下させる原因となっている。これを防ぐため、逆項間交差(RISC)と呼ばれるスピン反転によって、励起三重項状態を励起一重項状態に変換して発光させるTADF機構が注目されている。
さらに、多重共鳴(MR)効果と呼ばれる分子機構を組み込んだ「MR-TADF分子」なども開発されている。この材料は、高い内部量子収率でスペクトル半値幅が狭く、色純度が高い、といった特長がある。
一方で、TADF機構は「スピン反転の効率が低い」という課題もあった。RISC過程におけるスピン反転の高速化に向けては、「スピン-軌道相互作用を大きくする」ことと、「励起一重項-励起三重項エネルギー差を小さくする」ことが必要だといわれてきた。最近では、「分子の振動によって強められる量子効果の重要性」や、「高次の励起三重項状態がRISC過程の促進に重要な橋渡し役を担う」ことなども指摘されている。
そこで研究チームは、MR-TADFにおけるRISCの速度定数について新しい予測式を導き出した。ここでは、分子振動に起因するスピン軌道相互作用の増幅効果(HT-SVC効果)と、複数の三重項状態が複合的にスピン反転を促進する効果(NA-SVC効果)に着目した。この理論式に基づき、RISC速度定数をシミュレーションする新しい手法「2nd+HT理論」を開発した。
今回は、既に知られた4つのMR-TADF分子についてRISC速度定数の計算を行い、2nd+HT理論の性能を検証した。用いたのは標準材料の「ν-DABNA」と、九州大学で開発された「BOBO-Z」「BOBS-Z」「BSBS-Z」である。2nd+HT理論以外に、「2nd+Condon理論」「1st+HT理論」「1st+Condon理論」および、「Marcus理論」でもシミュレーションを行った。この結果、2nd+HT理論が最も高い精度で実験値を再現できることが分かった。
研究チームは、予測精度を高めるため、励起一重項-励起三重項エネルギー差(ΔEST)にも着目した。今回は、開発した2nd+HT理論の速度定数式に基づき、その温度依存性をシミュレーションして、ΔESTを推定するアルゴリズムを発案した。そして、ARPSfit法と呼ぶこの手法を速度定数計算法に組み入れた。
この手法を4つのMR-TADF分子に応用したところ、RISC速度定数の予測精度をさらに改善できることが分かった。これらの結果から、分子振動が誘発するスピン反転効果と、高次の励起三重項状態を用いるスピン反転効果が協調し、スピン反転が従来に比べ約1000倍以上も加速されることが判明した。
理論公式に基づき、RISC速度定数の成分分解を行ったところ、4つのMR-TADF分子における速度定数の成分構成には2種類あることが分かった。ν-DABNAやBOBOでは、複数の励起三重項状態(T1〜T4)がRISC過程に寄与する。これに対しBOBSやBSBSでは、最低励起三重項状態T1から励起一重項状態S1へ直接スピン変換する機構が主に寄与することを確認した。つまり、BOBSやBSBSではHT-SVC効果が重要になるという。
予測性能を評価するため、121個のMR-TADF分子を用いて検証を行った。この結果、121分子の中で再配向エネルギー(λ)が比較的大きい「タイプ1」および、ΔESTとλがともに小さい「タイプ2」は、Marcus理論と実験値が近い値となった。ただし、この予測結果は過大評価をはらんでいるという。一方、λは小さくΔESTが比較的大きい「タイプ3」では、Marcus理論値が過小評価することが分かった。
今回の研究成果は、名古屋大学大学院理学研究科の羽飼雅也博士前期課程学生、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)の柳井毅教授、藤本和宏特任准教授および、九州大学高等研究院の安田琢麿教授らによるものである。
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