メディア
パワーエレクトロニクス最前線 特集

車載半導体需要に暗雲、サプライチェーンが大きく変わるタイミングか大山聡の業界スコープ(75)(2/2 ページ)

» 2024年03月13日 11時30分 公開
前のページへ 1|2       

実需を伴ったはずの車載向け半導体だが――

 自動車業界の動きを見てみると、電気自動車(EV)向けの補助金政策を中国では2022年末までに、欧州では2023年末までに打ち切っている。補助金の打ち切りは以前から認識されていたことだが、金利の上昇などの影響もあったのか、Mercedes-Benz、Ford Motor、General Motors(GM)、Teslaなどにおいて、EV関連の投資計画を見直す動きが出ている。これが車載半導体の需要に影響しているのだろうか。結論から申し上げると、そういうわけではない。確かにEV市場の見通しは全体的に下方修正の動きが出ているが、代わりにハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)の比率を増やすなど、生産の構成が変わるだけである。自動車業界全体に下振れの動きが出ているわけではない。SiC(炭化ケイ素)などの化合物パワー半導体は、EV向けの需要に大きく左右され得るが、パワートランジスタ市場に占めるSiCの比率は数パーセントにすぎない。現時点でパワートランジスタの主役といえば、シリコンを使ったIGBTとMOSFETであり、2023年パワートランジスタ市場の93%がこの2つによって占められている。EV比率が下がれば、IGBT/MOSFET市場にはマイナス影響があり得るが、車載アナログや車載MCUの需要がなぜ減っているのか。これには別の理由が存在する、と考えるべきだろう。

 汎用アナログと小信号トランジスタは、すでに述べた通り、仮需の消滅によってマイナス成長を余儀なくされた。これに対して車載半導体やパワートランジスタは、強い実需に支えられてきた。それは間違いなく事実だが、では仮需は全く発生しなかったのだろうか? 自動車業界では、調達しにくい車載半導体に対して、必要最低限の数量しか発注していなかったのだろうか? 決してそのようなことはない。自動車を100台生産したくても、80台分、90台分しか半導体を調達できなければ、調達担当者は当然、必要数より多めの数量を発注する。世界中で取り合いが発生している状況下で、「競り負ける」わけにはいかない。強い実需に支えられていた車載半導体やパワートランジスタにも、仮需は発生していたのである。車載半導体不足が解消された今、過剰に発注したデバイスが余り始めている。昨今の低迷は、その影響と考えるのが妥当だろう。

半導体不足解消で変曲点迎える車載市場

 中長期で見れば、クルマの電動化やインテリジェント化を進める上で、半導体へのニーズはますます強まることに変わりはなく、上述のような過不足の調整は長期化しない、というのが筆者の見方である。ただし、今回の変曲点を迎えたことで、自動車業界における半導体関連のサプライチェーンが大きく変わる可能性があるのではないか、とも思っている。

 具体的には「Software Defined Vehicle」(SDV)への対応である。

自動車におけるソフトウェア搭載イメージ。上図が従来型、下図がSoftware Defined Vehicle(SDV)型

 クルマには以前から多くのソフトウェアが搭載されていたが、いずれも個別のECUというハードウェアに付属する形で搭載されており、それぞれのECUを制御するために独立して存在していた。

 しかしクルマのインテリジェント化が進むにつれて、クルマの機能1つ1つがソフトウェア化されようとしている。ハードウェアは従来のままでも、ソフトウェアを更新することで機能を進化させることも可能である。われわれが普段使っているスマホをイメージすると分かりやすいかもしれない。

 唐突にSDVの話を持ち出したように思われるかもしれないが、自動車業界ではこの動きが着実に進もうとしている。そしてこの変化は、ECUメーカー(特にティア1メーカー)の役割を大きく変えることになるため、半導体のサプライチェーンを大きく変えることにもなる。その半導体が逼迫(ひっぱく)していた時は、サプライチェーンを変えるような余裕はなかったが、需給バランスが緩和された今、SDVを意識したクルマ作りに舵を切るタイミングが発生した、と見ることができるのである。

 変曲点を迎えた今、デバイスメーカー側は売り上げの減少を真っ先に心配したくなるだろう。だが、デバイスユーザー側に対して、SDVへの対応を見据えた提案を行うことも重要だろう。逆に何もしなければ、売り上げが減るだけでなく、既存のサプライチェーンから弾き飛ばされるリスクも考えねばならない。デバイスメーカーもECUメーカーも、変曲点に振り回されるのではなく、自社のチャンスに変えるくらいの戦略を立ててもらいたい、と願っている。

連載「大山聡の業界スコープ」バックナンバー

筆者プロフィール

大山 聡(おおやま さとる)グロスバーグ合同会社 代表

 慶應義塾大学大学院にて管理工学を専攻し、工学修士号を取得。1985年に東京エレクトロン入社。セールスエンジニアを歴任し、1992年にデータクエスト(現ガートナー)に入社、半導体産業分析部でシニア・インダストリ・アナリストを歴任。

 1996年にBZW証券(現バークレイズ証券)に入社、証券アナリストとして日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通、ニコン、アドバンテスト、東京エレクトロン、ソニー、パナソニック、シャープ、三洋電機などの調査・分析を担当。1997年にABNアムロ証券に入社、2001年にはリーマンブラザーズ証券に入社、やはり証券アナリストとして上述企業の調査・分析を継続。1999年、2000年には産業エレクトロニクス部門の日経アナリストランキング4位にランクされた。2004年に富士通に入社、電子デバイス部門・経営戦略室・主席部長として、半導体部門の分社化などに関与した。

 2010年にアイサプライ(現Omdia)に入社、半導体および二次電池の調査・分析を担当した。

 2017年に調査およびコンサルティングを主務とするグロスバーグ合同会社を設立、現在に至る。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

RSSフィード

公式SNS

All material on this site Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
This site contains articles under license from AspenCore LLC.