東京工業大学は、これまでとは異なる設計戦略により、中低温(50〜500℃)で高いプロトン伝導度を示す新物質「BaSc0.8W0.2O2.8」を発見した。中低温で高い性能が得られる「プロトンセラミック燃料電池(PCFC)」の開発につながるとみられる。
東京工業大学理学院化学系の齊藤馨大学院生や梅田健成大学院生、藤井孝太郎助教、八島正知教授らによる研究グループは2024年5月、これまでとは異なる設計戦略により、中低温(50〜500℃)で高いプロトン伝導度を示す新物質「BaSc0.8W0.2O2.8」を発見したと発表した。中低温で高い性能が得られる「プロトンセラミック燃料電池(PCFC)」の開発につながるとみられる。
研究グループはこれまで、「Ba2LuAlO5」などがドーピングを行わなくても中低温で高いプロトン伝導度を示す材料であることを確認してきた。さらに、中低温で高いプロトン伝導度を示す酸化物「BaSc0.8Mo0.2O2.8」を開発するとともに、より高いプロトン伝導度を示す新物質の開発に取り組んできた。そこで研究グループは、Mo6+ドナーを添加すると高いプロトン伝導度を示すことが報告されている「BaScO2.5」に着目した。
今回はドナーとしてMo6+よりもサイズが大きい「W6+」を添加した。具体的には、固相反応法により立方ペロブスカイト型「BaSc0.8W0.2O2.8」試料を合成した。H2O空気中とD2O空気中で測定した試料の電気伝導度比は、同位体効果の理想値である1.41に近い値となった。また、広い酸素分圧P(O2)域では、電気伝導度がP(O2)に依存せず電子伝導を無視することができるため、化学的・電気的安定性も高くなることが分かった。プロトンの輸率を見積もったところ、1に近い値であった。これらのデータは、BaSc0.8W0.2O2.8においてプロトンが支配的な伝導種であることを示すものだという。
さらに、湿潤(H2O)空気中で測定した交流インピーダンスデータを用い、BaSc0.8W0.2O2.8のバルク伝導度を算出した。これにより、235℃の環境では「BaZr0.8Y0.2O2.9」に比べ10倍高く、235℃以上になると0.01Scm−1を超える高いプロトン伝導度となることを確認した。しかも、BaSc0.8W0.2O2.8は、二酸化炭素中や水素中でアニールしても分解しなかった。このことから、高い化学的安定性を示すことが分かった。
研究グループは、プロトン濃度と拡散係数に分けて、高いプロトン伝導度の要因を調べた。熱重量分析によってプロトン濃度を確認したところ、他のプロトン伝導体に比べて高いことが分かった。しかも、重水置換したBaSc0.8W0.2O2.8の中性子回折データ(−243℃で測定)を解析することで得られたプロトン濃度とよく一致しており、バルクに水が取り込まれていることを確認した。酸素空孔量も多く、完全水和していることも、プロトン濃度が高い要因となっている。
バルクプロトン伝導度とプロトン濃度から拡散係数を見積もり、活性化エネルギーを算出した。活性化エネルギーは、従来のアクセプターをドープしたプロトン伝導体に比べて低く、W6+ドナーとプロトンの反発によって、プロトントラッピングが軽減されていることを確認した。
第一原理分子動力学シミュレーションで得られたプロトンの確率密度分布とプロトンの軌跡から、プロトンはW6+の周りにはなく、Sc3+の周りだけに存在し、W6+ドナーとプロトンの反発が生じていることが分かった。
中低温で最高のプロトン伝導度、高い化学的・電気的安定性および、高いプロトン輸率を示すBaSc0.8W0.2O2.8を電解質に用いれば、中低温で高性能なプロトンセラミック燃料電池(PCFC)を作製できることを明らかにした。「高価な白金が不要」「耐熱材料が不要」「燃料電池の高速作動が可能」といったメリットもある。
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