TDKと東京医科歯科大学は、磁気シールドのない通常環境で、MR磁気センサーを使った心臓活動の計測に成功した。今後、病院の待合室などでより手軽に心臓検査を行えるようになると期待する。さらに、心電図では難しい疾患の診断、胎児の心臓の評価などが可能になる見込みだ。
TDKと東京医科歯科大学は2024年8月29日、通常の環境下でMR(磁気抵抗)磁気センサーを使った心臓活動の計測に成功したと発表した。「世界初」(TDK)だという。
この実証実験では、TDKが高感度磁気センサー「Nivio xMRセンサ」を42個内蔵した座位型の心磁計測*)システム「STORM system」を試作。東京医科歯科大学が、大学病院の磁気シールドのない検査室に設置し、心磁計測を実施した。実証実験の結果、待合室や会議室などの通常環境下(磁気シールドルームレス)でも、環境ノイズを低減することで、心磁波形を心電図とほぼ同等レベルで測定することに成功した。
*)心磁計測:高感度な磁気センサーで、心臓から発せられる生体磁場を検出し、心臓の活動を磁場的に計測する方法。
今後、より手軽に心疾患の診断を行えるようになる他、胎児の心磁図記録による出生前の心疾患の評価や、従来は困難だった心疾患の発症予測などへの応用が期待できる。
Nivio xMRセンサは、TDKがHDDヘッド製造で培った薄膜技術とスピントロニクス技術を応用して開発した小型、高感度、低ノイズの磁気センサーだ。磁界に応じて抵抗が変化するxMRセンサー素子を4つ組み合わせてブリッジ回路を形成し、磁界の変化を電圧として認識/測定する仕組み。単軸センシングのノイズ密度は約3pT(テスラ)/√Hz(1Hzにおいて)で、計測範囲は±45μT。心磁界(1pT)レベルの微細な磁場を測定できる。
STORM systemは、電車やエレベーターの動作によって発生する1nT〜1μTほどの磁場を除去する技術「Adaptive Noise Cancelling(ANC)」と、ANCで除去できなかったノイズを取り除く技術「Bayes-SSP」を内蔵している。これにより、磁気シールドルームレスでの心磁計測を可能にした。
心臓活動の計測で一般的に使われる心電図検査は、比較的手軽に行えるものの、背中側からの検査が難しいため心臓の動きを立体的に捉えることができず、疾患によっては診断が難しい場合がある。これに対し、心磁計測(心磁図検査)は背中側からも測定できるため、多数のセンサーを用いることで、通常の心電図検査では分からない心臓活動を計測できる。ただし、磁場の影響を受けるため、磁気シールドルームで検査を行う必要がある。シールドルームの設置には数千万円レベルの費用がかかる他、超伝導量子干渉素子(SQUID)を使う従来の心磁計測では、冷却用の液体ヘリウムを−270℃で保管しなくてはならず、維持費も高額になる。このため、臨床で広く使用するには課題があった。
TDK 技術・知財本部 センサ・アクチュエータ開発部 生体磁気センサ開発プロジェクトリーダーの笠島多聞氏は、STORM systemの実用化の時期を3〜5年後とみている。「Nivio xMRセンサの基本的な技術はおおむね完成していて、一部の医療機器メーカーとは既に話を進めている。一方で、医療機器として使用するための認証を得る必要があり、必要なデータを取得するために3〜5年かかる見込みだ」と説明した。
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