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25%の半導体関税が課されたら…… 米国民の負担が増えるだけ大山聡の業界スコープ(86)(2/3 ページ)

» 2025年03月12日 11時30分 公開

補助金政策でのTSMCの米国誘致

 そこで目を付けたのがTSMCの誘致、ということになる。米国にはApple、NVIDIA、Broadcom、Qualcomm、AMDなど、TSMCに製造を委託する企業が多く存在し、TSMCの生産は基本的に台湾で行われている。この状況下で台湾有事などが発生すると、これらの米国企業は直接影響を受けてしまう。だから米国で生産してほしい、とTSMCを誘致したのが2020年である。米国政府は多額の補助金を投入し、ついに2025年1月に量産が始まった。TSMC創設者のMorris Chang(張忠謀)氏は、米国での量産はコストが割高になる、と当初は難色を示していた(少なくとも表向きは)。ただ、TSMCの売り先の7割が北米であり(下図参照)、この誘致は必然だったと言えよう。

TSMCの地域別出荷 出所:TSMC決算資料を基にGrossberg作成

補助金政策から関税政策への切り替え

 ところが2025年1月にトランプ政権が誕生すると、補助金政策を関税政策に切り替えようとする動きが出てきた。半導体にも25%の関税をかけるとされており、TSMCによる台湾生産分もその対象になるのでは、と業界内部では危惧されている。2025年3月4日にはTSMC自身が1000億米ドルを投入して米国での生産を強化する、という発表があった。この投資計画はホワイトハウスでTSMC会長のC.C. Wei(魏哲家)氏がトランプ大統領とともに会見して明かされたもので、メディア各社はほぼ当然のように「税政策を避けるための米国投資」という論調で報道している。

 筆者としても、今回のTSMCの投資決定は米国の関税政策を意識してのものだと思うが、TSMCが本気で米国にこれだけの巨額を投じて最先端工場を建てようとしているのか、非常に疑わしい、というのが本音である。

 例えば、米国での工場建設に難色を示していたMorris Chang氏は、「台湾には自ら進んで製造業に入る優秀な人材が非常に多い。これは半導体生産に非常に重要なことだが、米国はそうではない」と指摘していた。実際に工場建設が始まっても、総投資額は当初予定していた120億米ドルを大きく上回った。Chang氏は「米国政府から短期的に補助金をもらっても、長期的なコストは賄えない」と指摘していた。これらの悲観的なコメントは、米国からの補助金を増額させるための手段だったのではないか、などという見方もあった。ただ、米国の人件費は世界で最も高い、と言っても過言ではない。事実、TSMCアリゾナの量産立ち上げが予定より遅れたのは「人集め」に苦労したことが要因であり、日本の数倍の賃金でも人が集まらなかったことは、前回記事でも述べた通りである。この状況はそう簡単に変えられるものではない。

 しかもトランプ政権は、補助金も極力出さない方針なので、TSMCはほぼ自前で工場を建てねばならない。実際に工場を建てて量産を開始できるのは2029年あるいは2030年になるだろう。すでに第1工場は2025年1月から量産を開始しているが、これだけで米国向けの需要をカバーすることは完全に不可能だ。半導体の量産はそう簡単に立ち上がるものではない。大半は台湾での量産に頼るしかないだろう。それに25%の関税をかけるとどうなるだろうか。ちょっと考えてみよう。

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