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SiCの20年 ウエハーは「中国が世界一」に、日本の強みは何か京都大学 工学研究科 教授 木本恒暢氏(1/3 ページ)

次世代パワー半導体材料として注目度が高まる炭化ケイ素(SiC)。SiCパワーデバイスの研究開発は2000年代以降、飛躍的に進展してきた。SiCのこれまでの研究開発やパワーデバイス実用化の道のり、さらなる活用に向けた今後の課題について、京都大学 工学研究科 教授 木本恒暢氏に聞いた。

» 2025年09月29日 11時30分 公開
[浅井涼EE Times Japan]

 シリコン(Si)よりも高い絶縁破壊電界強度と大きいバンドギャップで、特に高耐熱/高耐圧用途向けの次世代パワー半導体材料としてますます注目度が高まっている炭化ケイ素(SiC)。SiCパワーデバイスの研究開発は2000年代以降、飛躍的に進展してきた。

 今回、EE Times Japan創刊20周年に合わせて「SiCのこれまでの20年、これからの20年」をテーマに、SiCのこれまでの研究開発やパワーデバイス実用化の道のり、さらなる活用に向けた今後の課題について、京都大学 工学研究科 教授 木本恒暢氏に聞いた。

「誰にも相手にされなかった」SiCが大きく進展した20年間

――2000年頃からの約20年間で、SiCはどのように進展してきたのでしょうか。

京都大学 工学研究科 教授 木本恒暢氏 京都大学 工学研究科 教授 木本恒暢氏(本人提供)

木本恒暢氏(以下、木本氏) 産業的に非常に大きな進展のある20年間だった。1980〜1990年代にも大学での基礎研究は進んでいたが、当時パワーデバイスの材料としてSiCは産業界ではほぼ誰にも相手にされず、今のように盛んに利用されることになるとは全く予想できなかった。パワーデバイスの材料はSiが100%で、「Siに始まりSiに終わるのではないか」という時代が数十年続いていた。

 実用化に向けた初期の課題は、結晶に多種多様な欠陥があることだった。多くの研究機関によって欠陥が分類され、それぞれどのように影響があるのか、あるいは大きな問題を引き起こさない欠陥なのかなどの研究が進んだ。それからなくすべき欠陥が明らかになって制御が進んでいき、SiCウエハーの欠陥密度は現在では桁違いに減った。

 シミュレーション技術の進展も大きく影響した。結晶成長の分野では、かつては手探りでトライアンドエラーを繰り返していたが、熱やガスの流れ、化学反応などを高精度でシミュレーションできるようになった。SiCウエハーは温度が不均一だと欠陥が生じやすいが、それを防ぐための装置の形状なども分かるようになり、実験の努力も相まって、欠陥の低減や大口径化につながった。

 省エネルギーを求める社会の潮流にも後押しされた。日本に限らず「原子力発電に頼っていてよいのか」といった議論もある中、情報技術やAIの進展で電力需要は増え続けている。これによって再生可能エネルギー利用や電力の有効利用、高効率化の需要が高まり、世界的に政府支援や民間の投資が拡大していった。

 結果として、20年間でウエハー価格も大幅に低下した。かつては3〜4インチで15万円、20万円だったものが、現在では8インチでも十数万円と、面積当たりのコストは1桁下がった。Siウエハーと同等になる未来も見えてきている。

市場拡大のきっかけはTesla 今後はPHEVでも普及か

木本氏 産業界では、2001年が最初の転換期だった。Infineon Technologies(以下、Infineon)が世界で初めてSiCダイオードの小規模な量産を開始した記念すべき年だ。ただし、用途はハイエンドサーバの電源の一部などに限られ、市場規模は10億円程度と小さかった。

 次にエポックメイキングな製品が登場したのは2010年だ。Cree(現Wolfspeed)とロームがSiCトランジスタの量産に成功した。これは非常に大きなニュースだったが、市場規模は50億円程度で、パワーデバイス全体の市場の大きさからみるとほぼゼロといえるほどだった。

 市場が急激に拡大したのは、2018年、Teslaが電気自動車(EV)にSTMicroelectronicsのSiCパワーデバイスを採用したことがきっかけだ。SiCは性能でSiを上回ることが分かっていたが、コストや信頼性を不安視する向きもあった中、大きな冒険だったと思う。ここでSiCパワーデバイスの採用実績が生まれたことで、「SiCが自動車に使えそうだ」という認識が広がり、他社も搭載を始めた。

 2020年ごろからはSiC市場は右肩上がりだ。2025年5月にはトヨタ自動車がプラグインハイブリッド車(PEHV)にSiCパワーデバイスを採用すると発表した。これも大きな一歩だ。EVは充電インフラなどのハードルもあり、どれだけ普及するかはまだ議論があるが、PHEVにも搭載となると、SiC採用がどんどん広がっていくだろう。2024年の市場規模は約6000億円と、化合物半導体としては一大市場だ。三菱電機を筆頭に鉄道車両向けの開発も進んでいて、社会へのインパクトも大きくなってきている。

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