東北大学らの研究グループは、垂直磁化の人工反強磁性体薄膜を作製し、細線にパルス状の電流を流したところ、印加する回数に応じで磁石の境界(磁壁)の位置が移動することを確認し、そのメカニズムを初めて実証した。今回の成果は、省エネルギーで高速動作が可能なスピントロニクスメモリの実現に寄与するとみている。
東北大学らの研究グループは2025年10月、垂直磁化の人工反強磁性体薄膜を作製し、細線にパルス状の電流を流したところ、印加する回数に応じで磁石の境界(磁壁)の位置が移動することを確認し、そのメカニズムを初めて実証したと発表した。今回の成果は、省エネルギーで高速動作が可能なスピントロニクスメモリの実現に寄与するとみている。
スピントロニクス機能を応用したデバイスの代表例としては、HDDの読み取りヘッドや磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)などを挙げることができる。さらに、次世代のスピントロニクスメモリ技術として期待されているのが、磁石の中に形成される磁区を情報担体とし、電流によって磁区を移動させられるスピントロニクス素子だ。
磁区と磁区の間には磁壁があり、磁区を移動させることは磁壁を移動させることに相当するという。ただ実用化に向けては、小さい電流で磁壁を高速に移動できる材料や技術の開発を行う必要があった。
研究グループは今回、非磁性のイリジウム(Ir)層を強磁性のコバルト(Co)層および、ピンホール効果を示す白金(Pt)層で挟んだPt/Co/Ir/Co/Pt積層構造の人工反強磁性体薄膜を作製。これに電流を流し磁壁がどのように移動するかを検証した。
磁気光学カー顕微鏡を用いて磁区構造を観察したところ、パルス状の電流を加えた回数に比例して、磁壁が徐々に移動することを確認した。今回の実験では、上下にあるPt層のピンホール効果によって、反対向きの電子スピンがCo層に注入されていることが分かった。しかも、反対向きの電子スピンによってトルク同士が打ち消し合うのではなく、電子スピンのトルクを二重化して磁気モーメントに作用することで、磁壁を移動させることを確認した。この結果は、数値計算でも再現されたという。
さらに、Co層の厚みを傾斜させて膜面内の構造を非対称としたところ、反対称の層間交換結合(IEC)によって、新たな有効磁場を作り出した。有効磁場が増えることで磁壁を生成するための電流密度が低くなり、磁壁速度は増加することが分かった。この現象はIECを活用することによって、小さな電流で磁壁を速く移動できることを示すものだという。
今回の研究成果は、東北大学大学院工学研究科の増田啓人大学院生(当時)や同大学金属材料研究所の山崎匠助教、高梨弘毅教授(現在は日本原子力研究開発機構)、関剛斎教授らと、東北大学学際科学フロンティア研究所の山根結太准教授、同大学電気通信研究所の土肥昂尭助教、東京大学大学院新領域創成科学研究科のRajkumar Modak特任助教、内田健一教授(兼物質・材料研究機構の上席グループリーダー)、日本原子力研究開発機構原子力科学研究所先端基礎研究センターの家田淳一グループリーダーおよび、ドイツのヨハネス・グーテンベルク大学マインツのMathias Klaui教授らによるものだ。
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