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「震災後」のパラダイムシフトに即応で臨むナショナル セミコンダクター ジャパン 代表取締役社長 和島正幸氏

東日本大震災は、この国に暮らす人々の生活に対する考え方を大きく変えた。アナログ半導体の応用分野で大震災後に顕在化したという、消費者のニーズの変化とは。そして、年末までに完了する見込みのTexas Instrumentsによる買収で、既定の戦略に変更はないのか。4月に就任した新社長に聞いた。

» 2011年06月23日 14時54分 公開
[薩川格広,EE Times Japan]

 東日本大震災は、この国に暮らす人々の生活に対する考え方を大きく変えた。アナログ半導体メーカーNational Semiconductorの日本法人で社長を務める和島正幸氏は、「大震災後、実生活に求められる技術へのニーズに変化が起きている」と指摘する。その新たなニーズは、同社がここ数年間にわたって推し進めてきた戦略でまさに実現しようと描いていたことだという。新たなニーズとは? 同社の戦略とは? もう1つ気になるのは、4月に明らかになった、アナログ半導体最大手のTexas Instrumentsによる同社の買収だ。年末までには吸収合併が完了する見込みである。既定の戦略に変更はないのか。和島氏に聞いた。

EE Times Japan(EETJ) 2011年4月の社長就任会見では、今後の事業戦略を次のように説明されました。つまり日本市場では、太陽光発電やスマートグリッド、LED照明などのエネルギー分野と、自動車分野、高付加価値の民生機器分野で成長を期待しており、それぞれに向けた製品に注力していくという戦略です(参考記事)。もう少し詳しく教えてください。

和島氏 まず背景を説明させてください。今、日本では市場ニーズにパラダイムシフトが起きているとみています。2011年に入ってから国内ではいろいろな出来事がありましたが、それらの中でも特に3月の東日本大震災が一番大きな影響を与えていると感じています。その影響が最も顕著に表れているのが、当社が注力領域に掲げるエネルギー、自動車、民生機器の分野です。各分野で消費者の生活スタイルや考え方に大きな変化が起きています。

 エネルギー分野を例にとりましょう。これまで、エネルギー消費を抑える生活スタイルや再生可能エネルギーの活用は、エコ意識が特に高い一部の人々のニーズに支えられ、あるいはリードされてきました。しかし大震災後は、大多数の人々が日々の生活で切実に求める、より実態的なニーズへと変わってきています。

 実は当社は、エネルギーを大きなキーワードとして、さまざまな分野で革新的な製品を供給するというグラウンド戦略を打ち立て、数年前から実行してきました。当時の会長のBrian L. Halla(ブライアン L. ハーラ)が策定した戦略です(参考記事)。太陽光発電やスマートグリッドといった、いわゆるエネルギーの分野はもちろんですが、他にも照明用LED素子の制御や、電気自動車やハイブリッド車の蓄電制御、各種電源の高効率化など、幾つかの切り口があります。このグラウンド戦略にのっとって、国内で特に成長が期待される分野に的を絞って描いたのが日本の戦略です。それに、先ほど述べた大震災後のニーズが合致した格好です。

 自動車と民生機器の分野についても説明しておきましょう。いずれも、日本が世界をリードしている分野です。自動車では、石油から電気へと、動力源の転換が進んでいます。もちろんこの潮流自体は、大震災以前からここ5年くらいの時間軸で活発になっており、その背景の1つには原油価格の高騰があります。石油から代替エネルギーへという大きな流れは、自動車に限らずエネルギー分野全般の動きですが、大震災後はその動きが特に顕著になっているという印象です。

 民生機器の分野でエネルギーに関連する領域では、非接触充電システムの普及に拍車が掛かるとみています。この分野では、世界でも日本市場で先行して新しい機能が導入されるという傾向があります。今年度中には、国内の全ての携帯電話キャリアが非接触充電システムに対応した携帯電話機を投入するとみています。当社も非接触充電用の制御ICを用意しており、今年中にも国内の顧客企業が最終製品を発売する見込みです。

 しかも非接触充電は、電気自動車の充電にも応用できる技術です。スマートグリッドのような大規模エネルギー制御のアプリケーションや、DCエコハウスのようなオフグリッドのアプリケーションとも親和性があり、将来の大きな広がりを期待しています。

太陽光発電では安全性への取り組みが加速

EETJ 大震災後に一般消費者の関心が特に高まっている再生可能エネルギー分野の取り組みについて、具体的に教えてください。

和島氏 当社は以前から、太陽光発電パネルの効率を高める独自の技術「SolarMagic」を開発し、この技術を組み込んだモジュールやチップを供給していました。今後はその次世代版として、太陽光発電システムの安全性の向上を狙った製品群に注力していきます。

 安全性の観点では、特に今回の大震災の影響もあって、要求が高まっています。津波に襲われた地域では、太陽光発電システムのケーブルが折れ曲がったり海水で腐食したりしたようです。ところが、太陽光発電パネルの中にはまだ機能するものがあったようで、水が引いた後も発電を続けていました。その結果、断線したり絶縁が劣化したケーブルが熱を持ったり、煙が出たりといった事象が報告されています。こうした経緯から、国内でも安全性を高める機能をシステムに組み込むことを義務付ける動きがあります。

 米国では既に、太陽光発電システムからのアーク放電に起因した事故を防止する規制が今年の2月に定められました。2015年以降は、太陽光発電システムにアーク放電を検知して自動的にシャットダウンする機能を搭載することが義務付けられます。日本も、この動きに追従することになるでしょう。

 当社はまず、アーク検知とシャットダウンの機能を実現するチップセットを開発し、この6月に発表しました。同機能の搭載を義務付ける米国電気規約(NEC) 690.11に準拠しています。

 太陽光発電システムの使用環境でアークを検知するのは簡単ではありません。もともとのノイズの多い環境ですから、それとアークを切り分ける工夫が必要です。そこで当社は、チップセットと組み合わせるマイコン側に実装して使うファームウェアも開発し、チップセットにバンドルして提供します。このファームウェアは、チップセットで検出した信号に高度なフィルタリングを施して、通常のノイズとアークを切り分けて検知する独自のアルゴリズムを搭載しています。ここでポイントは、アークの検知から実際のシャットダウンまでに要する応答時間です。これが長いと、事故につながります。なるべく短時間でシャットダウンしなければいけません。ここに当社のノウハウがあります。

電気自動車の経済性を大幅に高める技術を提供

EETJ 自動車分野のエネルギー領域では、どういった製品を用意していますか。

和島氏 特徴的なのは、バッテリの充電制御ICです。バッテリパック内には数多くのセルがスタックされていますが、それらの容量にはばらつきがあります。そのセル間の充電状態を動的に制御して平準化する、アクティブセルバランス方式を採用していることが特徴です。

 現在のハイブリッド車は、いわゆるパッシブ方式のセルバランス方式が主流です。その方式では、充電時に容量の大きいセルを100%まで充電すると容量の小さいセルが過充電になるため、過剰な電力は抵抗器を介して熱に変換します。電力を無駄に捨て去っているわけです。反対に放電時には、容量の大きいセルに使い切れない電力が残ってしまいます。結局、走行距離は容量の小さなセルで決まってしまう。しかも、そのセルは充放電時の負荷も最も高く、バッテリパック全体の寿命もそのセルで決まることになります。

 アクティブ方式を採用すれば、こうした課題を解決できます。充電時には、パッシブ方式で熱として廃棄していた電力を、容量の大きいセルに動的に移動させる。放電時には、パッシブ方式で使い切れずに残っていた電力を、容量の小さなセルに移動させて全セルの残電荷が一律に低下していくように制御する。これによって、走行距離も寿命も延ばせるというわけです。

 消費者の観点では、この方式のメリットは、走行距離の延長よりも、電気自動車の価格の低下になるでしょう。電気自動車に占めるバッテリのコストは50%にも達するといいます。アクティブ方式を使えば、バッテリの容量を削減しても走行距離を維持できますから、走行距離が同じであればコストを大きく削減できます。初期購入費用の観点でも、ランニングコストの観点でも、アクティブ方式は非常に経済効果が高い技術です。

TIへ吸収後も開発ロードマップは維持、既存品はピン互換品さえも統合しない方針

EETJ Texas Instruments(TI)による買収が決まっており、年末までには吸収合併が完了する見込みです。4月の社長就任会見では、「買収完了までは、別組織として既定の開発ロードマップを踏襲していく」という説明にとどまっていました。もう少し詳しく教えてください。

和島氏 Texas Instrumentsが当社を買収するのは、同社の成長戦略を今以上に加速するためです。ですから、当社において今、成長の路線に乗っている戦略は、TIに吸収合併した後もそのまま踏襲していくことになります。もちろんTIにはTIの成長路線があります。当社の成長路線は、その上に乗る形になるわけです。それによってTIは単独よりも大きな成長を果たせることになるのですから、TIが当社の成長路線を切り崩す意味はないのです。

 当社が既にロードマップとして顧客に示している今後の製品については、もちろん開発を継続します。今そこに手を入れて開発を停滞させても、TIにメリットはありません。それよりも、開発をいっそう加速させ、良い製品をより早く市場に投入し、成長のスピードをもっと高めようという考え方です。

 両社の補完的な関係についても説明しておきましょう。両社の製品ラインアップは、品目で見れば同じようなものが並んでいます。ただし、例えばスイッチング電源ではTIは比較的低電圧向け製品が多く、当社は比較的高電圧向けの製品が得意です。データコンバータでも、TIは高分解能品、当社は高サンプリング品という具合に、それぞれ特徴が異なります。アプリケーション分野で見ても、当社はもともと工業機器の分野に強く、TIはまた別の分野で強みを発揮しており、各製品もそうした分野の違いを反映した仕様になっています。

 A-D変換器ICを1つとってみても、各社が何十年も製品を供給しており、それでも毎月のように新製品がどんどん出てきます。要求される仕様がそれだけ多岐にわたるということです。TIは3万品種、当社は1万2000品種の品揃えがありますが、市場にはそれを足し合わせてもまだカバーし切れないほどたくさんの異なる要求があるのです。

 ただ、こうした製品ラインアップにまったく重複がないかというと、そんなことはありません。中には、それこそピン互換性のある製品もあります。では、両社でそれらを統廃合する意味はあるのでしょうか。2社のうちどちらかの製品を使っている顧客が、統廃合を受けて購入品を再認定し直さなければならなかったり、長い目で見ても手間暇がかかったりということになれば、両社から離れてしまいかねません。そんなことになるのであれば、製品の統廃合をする意味はないんです。先に述べた通り、TIの狙いは成長です。顧客離れを起こすくらいなら、統廃合にかけるリソースを新製品の開発に回したほうが良いという判断になるでしょう。

 ですから、当社の既存の製品については、型名も変えず、製造ラインについても変更しません。お客様は、図面の書き直しや、品質の再認定といった手間をかけることなく、これまで通り当社の製品を使い続けていただけます。


和島 正幸(わじま まさゆき)氏

2009年にNational Semiconductorに入社。日本におけるマーケティング活動を統括するビジネスディベロップメント担当ディレクタとして電気自動車向けバッテリ管理製品と民生用モバイル機器向け製品で成果を挙げる。2010年からは、車載インフォテインメントや照明、民生機器などのバーティカルセールス部門も統括。2011年4月にナショナル セミコンダクター ジャパンの代表取締役社長に就任した。National Semiconductorに入社する以前は、Conexant Systemsに勤務。それ以前は、日立製作所でDSPやASICに携わった。明治大学で電気工学の学士号、米ペパーダイン大学で経営管理学の修士号(MBA)を取得している。

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