2011年3月11日に発生した東日本大震災では、多くの半導体企業が甚大な被害を被った。ルネサス エレクトロニクスもそうした企業の1つである。震災は、特に、同社の冗長性戦略に対する意識を変えたようだ。代表取締役社長の赤尾泰氏は米EE Timesの独占インタビューに応じ、震災の影響や今後同社が目指す方向性について語った。
東日本大震災の発生から半年が経過して間もない2011年9月、東京都内。ルネサス エレクトロニクス 代表取締役社長の赤尾泰氏は、いつもの落ち着いた語り口で米EE Timesの独占インタビューに応じた。東日本大震災は、ルネサスの財務状況に想像を絶する影響を与えたという。同氏は、今回の震災で、計画にはなかった予算外の特別損失を計上し、本来であれば事業の改善に投じるはずの多額の資金が失われたことを明かした。さらに、「2012年3月期に黒字に転換するのは厳しい」との見解を示している。
ルネサスは、9月30日に2011会計年度の第2四半期(7月1日〜9月30日)の期末を迎えたが、決算説明会は10月31日を予定しており、現時点では結果は発表されていない。2011年8月2日に同社が発表した2011年度前期の予測では、純利益で430億円の損失、営業利益で350億円の損失となる見通しを示していた。さらに、世界経済の低迷がルネサスの第3四半期の業績に追い打ちをかけることになるだろう。半導体ベンダーの間では、特にここ数週間、世界的な景気低迷を嘆く声が上がっている。
赤尾氏は、「このような状況の中で明るい兆しがあるとすれば、震災によって危機に対応する力が生まれ、当社の冗長性戦略について再考する機会を持てたことだ。さらに、地震や津波がきっかけとなり、冗長性に関する新たな計画で発生するコストをどのように負担するかについて、当社の中だけでなく、顧客企業とも、これまでより発展した話し合いができるようになったことも重要だ」と語った。
赤尾氏はさらに、「ファブネットワーク」について説明した。同社は以前からファブネットワークの構想を掲げていたが、今回の震災によってその必要性が明確になった。同社はこれを受け、ファブネットワークの推進に向けた具体的な行動計画の策定に取りかかっているという。
ファブネットワークでは、1つの製品を社内外の複数の生産ラインで製造する。危機的な事象が発生した場合でも、各工場で製造する製品や生産量を調整することで柔軟な対応が可能だ。同社は今後、こうした対応をリアルタイムに実施できる体制の構築を目指すという。
だが、それは口で言うほど簡単なことではない。ファブネットワークの実現には、クリアすべき3つの課題がある。
まず、ルネサスが複数の製造ラインを確保しなければならない。次に、確保した生産ラインをあらかじめ同社の顧客企業に評価してもらい、品質の認証を得ておく必要がある。さらに各工場では、不測の事態に備えて、製造プロセスを途中まで進めた“半完成品”“常時ストックしておかなければならないだろう。
新たな事業基軸の下、ルネサスは全ての工場について、たとえ何が起きたとしても生産ラインを1カ月以内に復旧させられるような仕組みを作る考えだ。赤尾氏は、「最終段階に入っている」と強調する。
しかし、ファブネットワークの多くは、同社とその顧客企業がファブの生産能力や製品のロードマップ、品質の認証プロセスといった具体的な情報を互いに公開して共有しなければ、うまく機能しない。さらに、冗長性の導入によるコストの増分を両者が分担する方法についても、双方が合意できる最善策を探る必要があるだろう。
ルネサスは現在、こうした課題について顧客企業と協議を重ねている。「半導体企業である当社、デンソーなどのティア1サプライヤ、自動車メーカーなどのエンドシステムのベンダーによる三位一体の議論が必要だ」と赤尾氏は言う。
ルネサスは、東日本大震災以前は、事業再編計画の一部は発表しても、全容を具体的に明かすことはなかった。
今回、今後2〜3年間の同社の事業展望について尋ねると、赤尾氏はためらうことなく「社会インフラに密着した半導体ソリューションを生み出す企業として認知されることを目指したい」と答えた。
こうした方針の下、同氏は、今後は製品開発サイクルの長い技術と製品に注力し、製品開発サイクルの短い製品からは撤退する意向を示した。
ルネサスは既に2010年12月、モバイルマルチメディア事業をスピンアウトして、100%子会社のルネサス モバイルを設立している(参考記事)。同社はこの他にも、非中核事業をスピンオフやスピンアウトで切り離したり、打ち切ったりしていく方針だという。
同社の幅広い製品ポートフォリオの中には、ゲーム機向けのSoC(System on Chip)やテレビ向けのASICといった民生機器向け製品や、PCの周辺機器をターゲットとした製品もある。これらの製品を将来的に非中核事業と見なすかどうかについて、赤尾氏は「取捨選択する必要がある。どちらにしても、このような製品開発サイクルの短いものについては、手放すか、あるいは段階的に市場から撤退するかのいずれかになる」と答えた。
ルネサスは、2012年までに事業のスリム化を図る計画だが、引き続きマイコン事業に注力していくのは変わらないという。赤尾氏は、「特に海外市場でマイコンの売り上げを伸ばしたい。マイコンを、当社のアナログICやパワー半導体と組み合わせて『キット』として販売することも考えている」と説明した。
赤尾氏は、半導体ビジネスについて次のような見解を示している。「半導体ビジネスは、論理回路(とメモリ)の統合技術を競い合う形で発展してきた。プロセス技術は、オングストローム(0.1nm)レベルに達しようとしている。今後は、論理回路とアナログ回路を最も効率的に統合する者が、半導体ビジネスを新たにリードしていくだろう」(同氏)。さらに同氏は、「現実の世界、すなわちアナログの世界とデジタルの世界をつなぐには、アナログの情報を感知するセンサーが常に必要となる。言い換えれば、アナログ信号をデジタル信号に変換するA-Dコンバータと、データを処理するマイコンが不可欠ということだ。つまり、電力効率と費用効果が最も優れた方法でアナログとデジタルを統合することが、今後の半導体ビジネスのカギとなる」と続けた。
世代の異なるプロセス技術で製造されることが多いアナログ回路とデジタル回路を、処理速度とコストのどちらも犠牲にすることなく効率的に統合することは、古くからの課題だった。ルネサスにはそれを解決する技術があるかという問い掛けに対し、赤尾氏は、質問に答える代わりに「それは技術的な問題だ。問題が技術にあるなら、いつかは解決できる」と述べた。
現在、“マイコンの最大手”と称されることの多いルネサスだが、赤尾氏としては、「スマート社会に貢献する半導体企業」(同氏)として認知されたいと考えているようだ。赤尾氏の言うスマート社会とは、スマートグリッドやスマートホーム、電気自動車、ホームゲートウェイ、ローカルネットワークなどを包括した社会である。
赤尾氏は、「省エネルギーは今後も重要な社会問題であり続けるだろう。これは、当社が急成長できるビジネスチャンスでもある。こうした社会情勢の下、エネルギー消費を最適化するソリューションが常に求められている。当社は、マイコンとアナログ&パワー半導体の事業を強化することで、最適なソリューションを生み出せる位置にあると自負している」と語った。
【翻訳:滝本麻貴、編集:EE Times Japan】
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