英語で記載された文献を、短時間でいかに手を抜きつつ理解するか、あるいは理解したかのように自分を納得させるか。さらには、上司や同僚に『あなたが理解した』かのように誤認させるか――。実践編(文献調査)の前半となる今回は、上司の「気まぐれ」で依頼された文献調査に立ち向かう方法を紹介しましょう。
われわれエンジニアは、エンジニアである以上、どのような形であれ、いずれ国外に追い出される……。いかに立ち向かうか?→「『英語に愛されないエンジニア』」のための新行動論」 連載一覧
突然ですが、皆さんは英語の学術論文の審査のプロセスをご存じでしょうか。権威のある学識者やその分野の最高権威の方が、部外者立ち入り禁止になっている密室の会議室で、“インテリジェント”な“カンバセーション”を行っている―― と思われているかもしれませんね。
残念ながら、違います。各国の研究者やエンジニアがあらん限りの力を尽くした英語論文の幾つかは、この「英語に愛されないエンジニア」である私によって、社員食堂のうどん定食を食べながら査読されているのです。なぜ「うどん定食」かと言うと、私がうどん好きであることと、食べている最中は眠くならないこと、が理由として挙げられます。
自分で執筆した英語の標準化提案書や特許明細書ですら、数年後に見直すと腹が立つほど訳が分からないのに、他人の、しかも思い入れのかけらもない英語の学術論文を、正しく理解するのは至難の技です。それでも可能な限り誠実かつ正確に査読するために、私は右手の箸で麺をつかみながら、左手では赤ペンを握って文章の意味不明な単語やフレーズにアンダーラインを引き、汚い文字でコメントを書き込んでいるのです。
世界各国の研究者の方は、「うどん定食を食べながら論文読むようなヤツに、査読を頼んだ覚えはないぞ」と文句の一つも言いたいかもしれません。論文は、ちゃんと権威ある学会に届いています。しかしですね、その論文は、その後どういう訳か、何の権威もない私の元に転送されてきて、そして、私の食べているうどんの汁で少し汚れたりしているのです。
そして私はと言えば、うどんをすすりながら「この程度の実験結果で、有意な検証ができただとぅ? なめんなよ……」とつぶやきながら、論文の表紙に大きな赤い文字で、査読結果を書き込んでいるのです。「REJECT(却下)」と――。
こんにちは。江端智一です。今回は、連載第5回に掲載した目次に沿って、文献調査編について説明します。
文献調査編では、「英語で記載された文献を、短時間でいかに手を抜きつつ理解するか、あるいは理解したかのように自分を納得させるか……。さらには、上司や同僚に『あなたが理解した』かのように思わせるか(誤認させるか)」に焦点を当てます。
英語の文献を調査する動機はさまざまだと思いますが、若手エンジニアの皆さんの理由のトップは間違いなく「上司からの命令」だと思います。皆さんは、業務命令だと思って大量の英文資料を読んでいると思うのですが ―― これを「変だな」と思ったことはありませんか。だって、「日本語」の文献調査は命令してこないのに、「英語」だけ命令してくるのですよ。そして、英語文献の調査の方が、日本語に比べて数倍から数十倍も大変であることは、言うまでもないことです。
さらに付け加えるなら、「上司」はあなたより英語が堪能なはずです。実体的にはどうであれ、そういうことになっていなければならないのです。たぶん、あなたの上司は、あなたに仕事を指示するときにこう言っているハズです。
「君に、英語に触れる機会を与えなければならない」
「君は、エンジニアの英語と受験英語の違いを理解する必要がある」
「君が、これから海外の現場で活躍することを期待している」
全部、うそです。上司はそんなこと考えていやしません。なぜ、うそだと断言できるか。なぜなら、私が上記のセリフをしゃべって部下に仕事をさせている「当事者」であるからです。英語の文献を調査するくらいで、そんな効果が得られる訳がありません。そんな効果があるなら、私はもう10年前に「外国人」に変身しています。
英語の文献に関する、私を含めて、上司のマインドは、いつでも一つです。
「面倒くさい」
この一言に尽きます。
しかし、上司にもさまざまな事情があります。上司の上司、つまり幹部の要望に応える必要があるのです。幹部は、上司の膨大な仕事の量を考えずに会議の時にその場の気分で適当なことを、適当に言います。
会社の幹部から、「おい、IEEEの××科会のジョン・スミス教授の論文に、同じような研究の内容があったぞ」と言われたとします。中間管理職であるあなたの上司は、「ありがとうございます。直ちに調査を開始し、次回の定例会議で報告します」と返答しなければなりません。上司は、「アンタ(幹部)がその文献読んでいるなら、今この場でその内容を教えてくれよ……」とは口が裂けても言えません。企業には上意下達の指揮命令系統からなるヒエラルヒーがあるからです。上司は、内心では「必要ないんじゃないかなー」と思いつつ、取りあえず形式的にでも「調べたフリ」をして、次回の定例会議で報告しなければなりません。
そして、若手エンジニアであるあなたはというと、その調査を下請けすることになります。若手であっても、あなたは決して暇ではありません。メインの仕事に加えて、新人向けの報告会や労働組合などの会合、各種雑務があり、そして同期との付き合いもおろそかにできません。皆、「面倒」、「忙しい」という点では平等ですが、ヒエラルヒーの最下位に属するあなたには、残念ながらその仕事を転嫁する先がありません。つまり、あなたは英語の文献調査を行なわざるを得ないのです。
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