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論文や特許明細書の英語は“読まない”で“推測する”「英語に愛されないエンジニア」のための新行動論(8)(3/3 ページ)

» 2012年10月09日 08時00分 公開
[江端智一,EE Times Japan]
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 ざっくりしたイメージですが、図2に示すような軸を頭に思い浮べながら、図3のようなチャート図を作成してみてください。このチャート図の面積が広いほど、英語の文献調査は大変になると考えて間違いないかと思います。

図 図2 英語文献を調査する前に押さえておくべき5つの軸 「背景と目的」、「主体」、「客体」、「時期」、「アウトプット」という5つのポイントを明確にしておきましょう。
図 図3 チャート図の面積が広いほど英語の文献調査の難易度が高まる 顧客向け調査報告と社内向けトレンド分析の例を示しました。

 せっかくですので、上に挙げた大切なポイントを、冒頭の「うどん定食を食べながら英語論文を査読」という事例に当てはめてみましょう。

(1)背景と目的

私がなぜ海外の論文査読などをやらされているのか―― 全く分かりません。でも、そういうナゾの仕事って、結構、普通にありますよね。

(2)主体

今回の場合、論文査読の委員をされている方から依頼を受けました。もちろん、断ることもできたのですが、今後の私の仕事にいろいろと便宜を図ってくれる可能性の高い方だったので、もっぱら「将来の私の利益」の観点から引き受けました。

(3)客体

学術論文1通。全部で8ページ(図表は除く)でした。全文翻訳よりもさらに難しい、英語文献の「評価」がミッションでした。

(4)時期

1カ月ほどありました。しかし、着手したのは学会から2回催促を受けた後でしたが……。

(5)アウトプット

学会が指定したフォーマットを使った、数個の項目についての5段階評価です。さらに、評価理由も付記しなければならない面倒なものでした。それなりに権威ある学会からの依頼でしたので、理由の欄には「なんとなく、この論文の内容、うそくさいから嫌」とは書けませんでした。

(6)その他

査読した論文に記載された実験は、私がかつて、現場を走り回って何日も徹夜でデータを取り続けた内容と同じでした。一方で、論文の結果は私の仮説に反するものした。論文では、コンピュータ・シミュレーションを使った結果程度で、「有意な結果が得られた」と記載されていたのです。私は、読んでいて、だんだん腹が立ってきました。「気の毒だけど、あんた、運がなかったよ」と呟きながら、私は、この論文に最低の評価を付けて学会に差し戻しました。

 お分かりいただけるでしょうか。私が査読した論文は、私以外の人に査読されていれば、最高の評価で承認されていた可能性もあるのです。(厳密に言うと論文の査読は「調査」ではありませんが)、このように調査の実施主体(つまり、今回のケースでは私)のご機嫌によって、調査の結果はガラっと変わってくるものなのです。「客観的な調査」というものが、厳密な意味において存在しないということを覚えておいてください。このことは、この連載の次回で重要な意味を持ちます。

 次回は、学術論文や特許明細書を、「仮説検証法」を使って、英語の文献の一部から、記載内容の全体を推測して、その内容の妥当性を検証する方法を、具体的な例を使って説明することにします。



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Profile

江端智一(えばた ともいち) @Tomoichi_Ebata

 日本の大手総合電機メーカーの主任研究員。1991年に入社。「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという電子レンジの食品自動判別アルゴリズムの発明を皮切りに、エンジン制御からネットワーク監視、無線ネットワーク、屋内GPS、鉄道システムまで幅広い分野の研究開発に携わる。

 意外な視点から繰り出される特許発明には定評が高く、特許権に関して強いこだわりを持つ。特に熾烈(しれつ)を極めた海外特許庁との戦いにおいて、審査官を交代させるまで戦い抜いて特許査定を奪取した話は、今なお伝説として「本人」が語り継いでいる。共同研究のために赴任した米国での2年間の生活では、会話の1割の単語だけを拾って残りの9割を推測し、相手の言っている内容を理解しないで会話を強行するという希少な能力を獲得し、凱旋帰国。

 私生活においては、辛辣(しんらつ)な切り口で語られるエッセイをWebサイト「江端さんのホームページ」で発表し続け、カルト的なファンから圧倒的な支持を得ている。また週末には、LANを敷設するために自宅の庭に穴を掘り、侵入検知センサーを設置し、24時間体制のホームセキュリティシステムを構築することを趣味としている。このシステムは現在も拡張を続けており、その完成形態は「本人」も知らない。



本連載の内容は、個人の意見および見解であり、所属する組織を代表したものではありません。



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